北海道ツーリング2006








呼人浦キャンプ場にて






 寝苦しく悶々とした夜が明けた。

 テントから這い出した俺は、お風呂セットを持って和琴公衆浴場へと向かった。

 屈斜路湖畔の小道を歩いていると何故か和琴半島東側の湖面だけが、激しく波立っている。露天風呂を過ぎ、暫く散策路を歩くと森の木陰へ入り、少し涼しくなる。

 公衆浴場には、誰も居ない。ゆっくりと汗を流し、髭を剃った。もちろん熱くて湯船には入れないが。

 波の音がピチャピチャと音をたてる中、サッと服をまとい和琴露天風呂へと移る。そしてふたたび入浴。和琴のいいところは無料の温泉が充実しているところに尽きる。

「おはようございます」
 童臭の残る小柄な若者が、湯に入ってきた。
『おはよう』
「ぼく、北海道が初めてで自転車で旅してるんですよ」
 今回、北海道デビューという男によく会うなあ。
『そうか、そいつは大変だね』

「このあたりで、景色がいいところを教えてもらえませんか」
『まず、美幌峠かな。さらに津別峠。藻琴山展望台。だが、どこも登りなんで自転車では辛いよ」
 俺は思いつくままに答えた。
「ありがとうございます。3つのうち、どれかひとつには行ってみます」
 その後、暫く雑談を交わして青年?いや少年は去っていく。

 ゆっくりし過ぎて、のぼせたようだが夕べのアルコールを完全に抜くことができた。

 テントサイトへ戻ると多くのライダーが、テントを撤収したようで、ガラガラになっていた。例の「オヤジのくせにライダー」の姿もない。

 エアマットを外に出して、横になるとまた熟睡。

 どのぐらい寝たろう?ジリジリとした暑さに耐え切れず目を覚ました。

 こんな暑さの中、動きたくないが、今のここは俺の居るべき場所ではない。次々に現れる旅の仁義のカケラも知らない輩とトラブるエネルギーがもったいない。また俺自身も薄ら笑いを浮かべながら迎合できるほど人間が出来てねえし。

 さらに北へ向かおう。

 俺のテント後方のベテランライダーもなにか違和感を感じているらしく撤収のパッキングを開始していた。

 ギラギラと輝く太陽のもと彼に手をあげてスロットルをまわした。

 売店の前で
「あら、自衛隊さん、もう行っちゃうの?」
 おばさんが驚いていた。
『盆が過ぎたら、また来るよ』
「ああ、待ってるよ」
 といいながら奥へ消えた。

 熱い風を浴びながら、俺は美幌国道を北上した。美幌峠を突っ切り、美幌町の市街地へ近づく。

 とうきび畑の真ん中を突っ走っていると対向車線のライダーが大きくピースサインをだした。あんた、余裕でピースなんかやってる場合じゃねえぞ。真後ろに赤いクルクルを出した覆面にぴったりつかれてるじゃないか。まあ、その後はどうなったことやら分からんが?

 街中へ入るとラーメンチェーン平岡屋の看板が目に入る。寄ってみっか。 
 熱い時に熱いラーメンを喰らうと夏バテしない←本当かい?

 しかし、平岡屋のラーメンのダシの臭いは凄い。店の外までプンプンと漂っている。

 醤油の濃い目をオーダーしたが、凄いパンチの効いた味で、腹がもたれた。でもスタミナはかなりついたかな?汗びっしょりで店を出た。
 とにかく命の危険を感じるほど凄まじい暑さだ。どこか涼しい場所に避難したい。海の近く、そうだ岬、能取岬がいい。

 朦朧とする意識の中、網走湖を抜け、網走市中心部を駆け抜ける。

 海岸線に沿った道をひた走るが、空気がベトベトするばかりで、一向に涼しくならない。

 なんなんだ、この猛暑は?

 能取岬も無風状態だ。これはダメだとすぐに判断し、撤収。

 同じ道を引き返すが、木陰に入るとかなり涼しい事実に気づいたので、暫し、マシンを停め、煙草を吸いながらくつろぐ。すると今度は、蜂やら虻やら蚊やら、昆虫の集中攻撃。ひえ〜と尻に帆を立てて逃げ出したとさ。

 走行中、ふと左手の海岸を見ると家族づれが、ひっそりと海水浴を楽しんでいた。海に入りてえ。
 網走市街で、昼食をとりたかったのだが、勢い余って、網走道路(網走湖岸)の嘉多山PAまで戻ってしまう。

 網走湖の眺望が綺麗だが、やはり暑い。たまたま見つけたグリーンヒル905でアイスクリームを食べるとこれがまた濃厚な味で意外に美味い。あっという間にダブルのアイスを完食。

 そしてまた市街地へ移動。なんだか堂々巡りをしているように感じるが?
 市役所の近くの商店街でついに発見したぞ。噂のレストラン「ホワイトハウス」。店内はクーラーが効いていて生き返った気分だ。

 オーダーしたのは、ウニ・イクラ丼+ステーキのコンビ丼だ。ウニは蒸したものだが、充分に美味しい。さらに1050円というリーズナブルなお値段が嬉しい。

 とにかく腹がパンパン。夕食は食べなくてもいいだろう。
 さて、今夜の野営地はと。もうかなり夕方に近い。呼人浦キャンプ場にするか。

 なんだか和琴から、非常に距離が近いなあ。でもまあいいか。

 呼人浦キャンプ場は、サイトまで乗り入れ可だし、夕陽のシチュエーションが絶妙である。さらに無料なのが嬉しいねえ。
 やがて、陽が落ちてきた。本当に夕陽が美しい。俺はデジカメで何枚も画像を撮った。

 ただ、この蚊の多さはなんだ?黒い塊になって、俺の全身を襲う。ここでは蚊取り線香など気休めに過ぎない事実に気づいた。

 絶対に内地の蚊とは種類が違う。大きいし、しつこくまとわりついて、煩わしいのなんのって。
 沈む夕陽を見ながら静かに珈琲酎を傾けた。この旅で珈琲酎を飲むのは初めてだな。甘くて渋いなんともいえない芳醇な香。

 明日は、もっときちんと北上しよう。

 今の俺の目的とする方角・・・

 それは・・・

 利尻山踏破のみ!

 2002年に悪天候のため踏破を断念して以来、利尻島に置いたままの忘れものだ。

 利尻山はきちんとした装備、水分、その他諸々がないとエライ目に遭うらしい。登山初心者の頃の旅仲間ミヤタの話だと、なんの予備知識もなく入山し、熱中症で遭難しかかったという。もちろん現在の彼は立派なアルピニストであるが。

 俺は、この2年間山行で徹底的に鍛えている。山装備も完璧だ。単独でもまず失敗はあり得ない。

 俺は、決して口先だけの男ではない。やるべき時は必ず体を張る。

 そんな利尻山への熱い思いを反芻させながら、珈琲酎をチビリチビリと飲んだ。

 心地よい酔いが全身にまわるも、さらに全身数え切れないほど蚊に喰われていた(TT)

 ふとキャンプサイト内を見渡すと結構な数のテントが立てられていたが、存外静かな雰囲気が漂っていた。皆、もう寝たのか?

 湖岸へ打ちつける波の音がコダマする頃、俺は睡魔に襲われた。

 呼人の上空には数個、強烈な光彩を放つ星たちが酔った俺の姿を見ている。



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