北海道ツーリング2006
和琴湖畔キャンプ場にて
3
今朝もかなり熱かった。 どうやら俺が上陸した日から、忽然と北海道の気温が急上昇したようだ。まさに熱波を呼ぶ男。でも全然ありがたいことじゃねえな。 和琴公衆浴場で汗を流し、キャンプサイトへ戻ると昨夜の風俗ライダーを始め、多くのライダーたちのテントが消えていた。 俺は今日はテントをこのままにして、根室に足を伸ばすつもりだ。理由は根室半島は夏でも涼しいからという以外になにもない。 熱風吹き荒れる中、ミルクロードをひた走る。別海の広大な草原もあまりの暑さに霞んで見える。陽は激しく燃え盛り、俺の全身から体力をどんどん奪っていくようだ。 根釧国道に入り、湯根沼大橋(根室半島の付け根)を過ぎると気温が劇的に低下してきた。さすが根室だ。とても半袖では走行できない。ジーンズ生地のジャケットを羽織った。 心地よい低温は、まるで冷蔵庫の中を走ってるが如し。 根室駅前到着。 このあたりで手に入れたいものがある。それはXDカードだ。実は昨夜からXDカードが磨耗して寿命となり画像が撮れなかったのだ。家電量販店で物色していると512MBのカード発見。512MBですと。なんという巨大な容量だ。2、3年前に購入したモノが64MBで、これでも凄いと思っていたのに。時代は凄いスピードで進化しているようだ。さっそく購入。 そして花咲港へと向かう。 |
港の近くで目に入ったのが、大八食堂、有名なカニの専門店である。 店の前にマシンを停め、花咲カニを物色していると、 「おにいさん、せっかくだから食べていきなよ」 と声をかけられる。 「千5百円ぐらいで、茹でたての卵つきにの立派な花咲が食べられるよ」 『マジっすか?』 |
『おう、それじゃ、ひとつもらおうか』 すると本当に温かで卵や身がびっちりの花咲ガニを出してくれた。 すげえ、ほかほかでマジで美味い。とにかくムシャぶりつくように食べた。 |
卵がびっちり |
「あっ、よかったら根室産の美味しいサンマも食べて。そうそう、鉄砲汁も出すね」 おばさんが、次々といろんなモノを出してくる。 過剰だ。過剰過ぎるぞ、この店のサービス。 なんだか自宅にいる妻に申し訳なくなり涙が出そうになってきた。俺ばっかり、こんな贅沢してすまんなあ。貧乏侍の北野家の食卓は、赤貧洗うが如しの生活なのに。 |
『女将、すまんが、自宅にも3尾ほどカニを宅配してくれ』 おばさんへいうと、 「にいさんの家ってどこだい?」 『ああ、福島なんだ』 「福島っていうと会津の白虎隊のところだね。あたしはねえ、ドラマの白虎隊を見て感激してねえ。えい、3尾の料金で4尾にしとくねえ」 目をウルウルさせながら、気前よく1尾オマケしてくれた。 |
そしてコーヒーまでご馳走になった。 まあ、花咲ガニなら花咲港手前の「大八食堂」がお薦めというワケだ。カニの臭いをプンプンさせながらスロットルをまわす。 |
帰りがけ、落石に寄ってみた。何年か前の冬にこのあたりのとほ宿「カジカの宿」へ宿泊したことがある。 宿の前を通ると例の美しい奥さんが玄関を丁寧に掃除していた。 落石港では、港を整備しているらしくショベルカーやダンプが、ひっきりなしに動いている。 空は抜けるような青空であった。 |
ところが、和琴に戻るとやはりうだるような暑さだ。 夕陽を見ながら軽い食事をとる。そして、後ろのテントのベテランライダーの炭焼きに交ぜてもらいチビリチビリと酒を飲み始めた。 「今日はどちらに?」 彼が訊いてきた。 『ええ、根室です。涼しかったよ』 |
「そうですか、シールドに凄い虫が付いてましたね」 なんてあたり障りのない会話をしていた。 すると・・・ 「こんばんは」 童顔の二人連れのライダーが宴に交じる。 「これ食べてください」 イカサシを提供してくれた。 真面目な学生さんっていいねえ。 この時点で、俺はすっかり油断していた。 北海道ツーリングが初めてという彼らは、俺の北海道の旅話も真摯な態度で聴いていた。 やがて、時が過ぎ、さらに周囲のライダー何名かが輪に入り、実に和やかな雰囲気だ。 心地よく酔った俺は、旅の話を続けていた。礼儀正しい学生ライダーもかなり酔ってきたようだ。 そして、ついに事件は起きる。 喋っている俺に北海道が初めてという酔った学生のひとりが突然豹変し、ボソっと呟いた。 「オヤジのくせに・・・」 え・・・・・・・・・・ 『今、なんといいやがりました?』 「オヤジのくせに」 耳を疑った。 いやあ、確かにオヤジだけど、今会ったばかりで、北海道ツーリング初心者のおまえみたいな若造に言われたくねえなあ。俺の今まで積み重ねてきた旅人の系譜のなにが分かる? それに、そんなに解かり易く絡まれると、たとえ俺じゃなくても普通にブチキレると思うが。 怖い! 俺自身が・・・ この若造を鯵のタタキにしそうで。 『おまえ、無礼だろう』 と言っても酔っているんだか、酔ったふりしてるんだか知らないが聴こえないそぶりをしている。 こういう奴も和琴に来るんだ。いや来てたんだろうけど、今まで、まるっきり接点がなかった。俺のまわりの学生といえばラッシャーとかまつといったような正しい旅人の系譜を受け継いだ真面目な連中ばかりだったし。 『聴こえんふりするんなら、ちょっと裏来いや』 俺は、後へは引けなくなったが、さすがに周囲のライダーに止められて事無きを得た。 だいたい「くせに」というのは、差別用語だ。実社会の荒波や苦労も知らないくせに赤の他人へ、しかも社会人にいうセリフではない。 本人からすれば、なんで、学生でもないのにこんな充実した旅ができるの? オヤジのくせに生意気だといったところか。そんなことを言ったら、全北海道ツーリング系ライダーの7割を敵にまわすと思うが。 まあ、人のことより、おめえさん自身が、オメデタイいい旅でもしてな。 そして二度と俺の前に現れないでくれ。 ある年輩のライダーの話だと本人は、なんで怒られているのかさえ理解していないだろうといみじくも語っていた。 ネット社会のある暗い陰湿な一面を知り、薄々気づいていたが、旅人の世界も他人の揚げ足をとる、こんな時代になってしまったのか。 昨日の風俗ライダーにもいえることだが、北海道ツーリングが初めてということに対し、偏見というか、軽くみようとはまったく思わない。 誰にでも最初がある。 ただ、北海道ツーリングって、基本は謙虚な交流ではないだろうか。 初めてだからと居直ったり、見栄をはらなくてもありのままの自分を素直にさらけ出すことができた最初の北海道ツーリングがとても印象的だった。 俺の場合、あの1987年の最初の北海道の鮮烈な旅の印象が起爆剤となり、今も北の大地へと向かわせているのは間違いない。 古き時代と人はいう。今も昔と俺はいう・・・ 虚しい限りだ。 月光が薄い雲に覆われ、寂光ばかりが屈斜路湖の水面を微かに照らしていた。 |