北海道ツーリング2005前編




鹿牧場?







 ぐっすりと寝た。ジッパーを下ろすと目の前にバンビちゃん。野生の動物が人間を見てもまったく動じることなく平然と横になっている。さらに冒頭の画像の通り、周辺はエゾシカだらけだ。知床野営場って、まさに鹿牧場の様相だ。したがって、サイト内は鹿の糞だらけということになる。

 でもバンビちゃんが可愛かったから許す。だってホントにカワアイイ〜。人間はね、危険な生き物だから近づいちゃダメだよと一応シカっときました。
 朝食はサンマの蒲焼の缶詰、ポテトサラダ、野菜サラダをおかずにご飯を食べた。なんだかサンマの蒲焼が苦手になったみたい。どうも受けつけねえ。

 食器を洗いながら、空を見ると今のところ雲は多いながらも陽が差している。しかし、ラジオの天気予報によるとこれから雨になるらしい。

 とりあえず岩尾別の無料露天風呂へ行ってから本日の行動を決めよう。
 ウトロの街を抜け、知床横断道路を左折し、岩尾別方面に向かう。天気はいい(今のところは)

 朝の知床のひとっ走りはとても心地よかった。そしてホテル地の崖へ到着。ここのすぐ横が岩尾別露天風呂だ。無料の露天風呂は2箇所ある。まずは手前の三段の湯だ。今回はそれほど熱くもなく、本当にいい湯だった。

 まったりと浸かっているとオジサンが入ってきた。
『おはようございます』
 と挨拶すると、
「おう、おはよう」
 オジサンは気さくに挨拶してくれた。

 オジサンは、仲間と羅臼岳へ早朝3時に登山を開始したが、悪天候と最初の急な登りでダウンし、ひとりだけ下山してきたそうだ。
『岩尾別登山口は最初の登りが、かなりシンドイですからね』
 俺も自らの体験で、その辛さを痛感しているのでよく分かる。
「いやあ、本当に大変だったよ」
 タオルで顔を拭いながら応えた。

「ところで、熊の湯へは行ったかい」
『実は、あの温泉は過去にかなり嫌な思いをさせられたことがあるので、行く気になりません』
 過去のレポートに書いたが、信じられない嫌がらせをする地元の一部のオヤジたちに憤慨し、二度と利用する気にはなれないでいる。

「いやね。それは以前の話で、今年は変わったよ。壊れた温泉を全国の愛好者の寄付で再建したせいか、さすがにそんな悪さする奴らは居ないよ。地元の人も本当に親切だったしね」
『なるほど、それで嫌がらせをしたらバチが当たりますね。でも俺は遠慮しておきますが』

 俺は吹きだしてしまった。旅人を散々いじめ抜いてきた歴史がありながら、風呂が壊れれば全国の愛好者から修理代の寄付を募る厚顔さ、姑息さには呆れ果ててしまう。まるで軍国主義が敗戦で、一夜にして、いきなり民主主義に鞍替えする無節操な輩のようだ。

 あれだけ仕切るなら、旅行者から募金を期待するより、性悪オヤジどもの金で修繕してから威張れや!これが、普通の論理だと俺は思う。

 ひとしきり話をして、オジサンは湯からあがって行った。
「いや〜奥の滝見の湯は熱くては入れませんでした」
 今度は学生さん登場。彼はイナズマを駆るライダーで千葉から来ているそうだ。

 なんでもウトロに知り合いが居て、そこに泊めてもらっているとのこと。しかし、知床に知り合いが居るって羨ましいな。

 イナズマくんと暫し談笑し、湯からあがった。かなり長時間、風呂に入っていたので少し湯当たり気味だ。

としさん@愛知
 湯上りに風を切ってマシンに乗ると非常に気持ちがいい。

 ウトロの市街地に入った。するとなにやら後ろから着いてくるライダーがいる。漁港にマシンを停めるとヘルメットを脱ぎ、そのライダーが話しかけてきた。
「北野さんですよね?」
 バイクはアフリカツイン。
『と、としさん?』
 この冬、道楽館で知遇を得た、愛知のとしさんだった。
『しかし、俺のことよく分かりましたね』
 凄い奇跡だ。俺は近年、ピースサインも面倒だと思うくらい、他のライダーにまったく関心を示さない。つまり誰とすれ違ってもあまり印象がないという無頓着過ぎる野郎だ。そこへいくととしさんの判別能力は凄い。また昨日のNOBUさんといい、今日のとしさんといい、知り合いばかりによく会うなあ。もしかしたら、北海道ツーリングは最早知り合いばかりが走っているものかと錯覚してしてしまった。

「今回はテントは持参しましたが、全部宿にするつもりです。でも今日の宿がまだ決まってないんですよ」
 それは大変だ。
『なら岩尾別のユースとかどうです。岬までの自然観察船や羅臼岳登山などの体験もできるし』
「なるほど、それは盲点でした。そうします」
 としさんは早速携帯からTELし、うまく予約をゲットした。しかし、泊ったことのない岩尾別YHまでアドレス帳へ登録していたとは流石だ。

「北野さん、画像を一枚撮らせてもらっていいですか」
『いいですけど、俺は明後日から2泊3日徒歩で知床岬を踏破するつもりです。もしかしたら生前最後の画像になるかも知れませんね』
 俺は笑いながら応えたが、後で自分でも縁起でもないことを言ったと後悔した。
 
 談笑していると雨が結構激しく降ってきたので、記念にとしさんの画像も撮らせてもらい、ここで別れた。しかし、突然降ってくるのねえ、雨のイジワル。カッパを忘れてるし。キャンプ場へ撤収。

 この雨で本日は知床野営場への連泊が決定する。管理棟のおじさんへその旨伝えるとコーヒーを入れてくれた。
「羅臼側のキャンプ場が有料になったせか、近頃、変な利用者が増えたんだよ。タダじゃないのと言う人やゴミだけを捨てていく人とか」
 なんて話しているうちにも怪しいオヤジが現れ、
「雨だから、テントを張らずに車で寝るだけでもいいのかい」
 そう言ってサイト内を歩き回って黙って消えていった。

「ほれ、ああいうヤツだよ。あんなのが増えてきてね」
 まさにタイムリーなんで俺は吹き出してしまった。

「あとゴミの分別なんだが若い人より、年配者がダメだ。まったく理解していない。困ったもんだ」
 おじさんはぼやいていた。

 おじさんに礼を言い、俺は徒歩でウトロの街に下りた。遅い昼食にするつもりだ。

 お店はウトロで美味いと評判の「一休屋」だ。流石にかなり混みあっていたが、なんとかテーブル席をゲット。知床岬へ出撃する前の出陣式ということで、少しばかり贅沢をさせてもらおう。ビールをオーダーし、がぶがぶ飲んだ。
 まずは「メフン」をたのんだ。メフンとは鮭の腎臓の塩辛のことで、まさに北海の珍味。俺自身も初めて食べた。酒のおつまみには最高だろう。

 味は、なんと表現したよいのだろう。濃厚な塩辛。噂には聴いていたが、新たなる食感というべきかな。ご覧の方も機会があれば是非、お試しいただきたい。トド肉みたいな癖は強くない。
 続いて定番のホッケ。一休屋のホッケは大きくてとても脂が乗っていた。これは美味い。どうして、俺の地元で食べるホッケとこんなに味が違うのだろう。

 ビールの杯も進み、結構酔ってきたぞ。それでも綺麗に皮まで完食できた。

 しかし、混んでるなあ。店内を仕切っているおばさんはかなりイライラしているようだ。
 刺身の盛り合わせをオーダーしたら、
「今いるお客さんのオーダーを全部出し終わってからになるから、かなり遅くなりますよ」
 と怒ったような口調で言われた。そんなことは分かっていますよ。時間がかかっても俺はモンクは言わないから大丈夫だよと一応、心の中で呟いた(笑)

 サーモン、カレイ、イカなどのお刺身も美味しくいただきました。お腹一杯になり店を出た。

 おっと足元がふらついてるし。
 一休屋で、出がけに知床岬が描かれた絵葉書をお土産にもらったので、途中、郵便局で多分初めて妻子に手紙を書く。

 人跡未踏の知床岬踏破、今回ばかりは無事に生還できる自信がないからかもしれない。

「パパは元気で知床にいるよ。あさってから、いよいよ知床岬へ向け突入します。必ず無事に還ってくるから心配するな。暑中、くれぐれも御身大切にしなさい。達者でな」
 
 簡潔な文書を書いて投函する。なんだか出征中の兵士が最後の突撃を前に遺言を書いた気分もしないでもない。

 キャンプ場に戻った。

 自分のテントにふらふらしながら歩いていると一台バイク入ってきた。よく見ると・・・

 ゲッ!エコオヤジじゃねえか!

 一気にほろ酔い気分が醒めてしまった。和琴に大威張りで居座っていたんじゃなかったの?ここでカラスの鳴き声を聴きたいからラジオを消せとか言われたら今度こそ張っ倒すぞ。

 後日、和琴キャンプ場の管理人のおじさんから訊いた話だが、8月の頭に酔っ払って騒いだキャンパーと注意したキャンパーの喧嘩事件があったらしい。他人に迷惑になるほど騒ぐのは論外だが、神経質に僅かなことに腹を立てる環境野郎もどうかと思われる。それで居づらくなり、ここまで撤収してきたのかな?飽くまで俺の予感と想像の域だが?

 その事件にエコオヤジが関わっていたかどうかは、今となっては知るよしもない。ただここは、もともと静かで宴会などできるキャンプ場ではないし、広大な芝のサイトだ。接点はないだろう。エコオヤジが俺のテントの近くへ幕営しなかったことを奇貨とすべし。
 テントへ入った。一応、繋ぎ目にはことごとくセメダインを塗り防水対策をとった。今も雨は降り続いているが、もう雨漏りの心配はあるまい。

 飲みかけの焼酎を出し、チビリチビリ口に含んでいると睡魔が襲ってきた。

 いよいよ明日は相泊の熊の穴で札幌のAOさんと合流だ。ここまで来たらやるしかねえな。

 人跡未踏の知床岬踏破の軌跡を!
 知床岬出撃まで、あと2日。

 北野一機。人呼んで北のサムライ。妻子あり。日常ではそれなりの社会的地位や責任もあり。莫大な住宅ローンもありき。

 極めてリスク多し。

 今までずっと心中の葛藤が続いていた。

 だが俺は腹をくくった。

 必ず生きて還ってやる。

「体を張る」
 口先だけでなら簡単に言える。しかし、現実に実行することは覚悟が必要だ。これから俺が決行する知床岬へのルートには道もなく難所ばかりの禁断のコースだ。俺と同じことをしてみろと人へは絶対に勧めない。むしろ止めて置いた方がよいだろう。

 日本最後の秘境「知床岬」。人跡未踏の羆の過密地帯を突破してのみ成立する。襲われて命を落とすかも知れないし、絶壁から滑落するやも知れん。それでも男が一度口にしたことだ。俺を批判したいヤツは安全な場所から好きなようになんとでも言いたまえ。

 知床岬踏破など大袈裟だ。誰だってできる等々・・・

 もし、このアクションを完遂しても事後になって、実行してないくせに陰口をいう口舌の徒らが出現するのは自明の理である。また世界遺産登録の年にシリエトクを目指すのだから、環境団体からネット上等での圧力がかかるのも覚悟の上だ。どうせ、そうなることは、知り尽くしている。

 ただ北のサムライは、体を張るべき時には潔く張るのみ。

 多くは語らないが、機は熟した。

 これより、真の男「北のサムライ」の肝っ玉とシリエトクアタックの神髄をお見せします。

 テントにはずっと雨音が鳴り響いていた。

 とてつもなく長い夜である。



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