北海道ツーリング2005前編











 旅の中で俺の朝は早い。周囲がまだ寝静まっている頃、静かにジッパーを下ろした。霧だ。屈斜路湖にどっぷりと霧が圧し掛かっていた。

 俺は洗面用具一式の入ったバッグを持ち、和琴公衆浴場へ歩いた。手前の和琴露天風呂の方は早朝にも関わらず何人か入浴している人が確認できた。

 その先の公衆浴場は誰も居ないが、やっぱり熱い。そそくさと体を流し熱湯を浴びた。そしてお決まりの絶叫。湯船に入るなど絶対に不可能だ。 
 テントサイトに戻り、朝食の支度をする。飯を炊き、ツナとモヤシを胡麻油で炒めた。味付けは塩と醤油少々。これがなかなかいける。屈斜路湖を眺めながらもりもりと食べた。胡麻の風味がなんとも食欲をそそった。俺は正直料理は得意ではない。でもこれなら朝食の主力メニューにしてもよいと思った。

 そしてぐびぐびと緑の野菜ジュースを飲み、ビタミン補給。ロングツーリングだといろいろ栄養面で気を遣うのだ。そして食後のコーヒーを飲みながら煙草を吸う。朝の第一行程終了。 
 その後は、コインランドリーで洗濯。乾燥。テント・シュラフ乾しなどの作業をうだうだと行う。曇ってはいても雨が降り出さないのを奇貨とすべし。

 テントサイトも朝の喧騒が始まり、皆、思い思いの行動をとっていた。テントを横に倒し、俺は、洗濯物を乾した。そしてマットだけを広げ横になっていると、また爆睡してしまう。ふと気づくと連泊組以外のテントは既に撤収されており、サイトは閑散としている。

 何時だ?腕時計を見ると11時を過ぎている。外輪は雲に覆われているが、上空はようやく薄日が差していた。

 とりあえず腹も空いてきた。出かけよう。
 まず向かったのは昨日の摩周壱番館。肉だけで麺類に追いつかなかったリベンジで味噌ラーメンをオーダー。

 自家製味噌で、なかなか美味いが麺が一部団子になっていたのは内緒だ。ウェートレス(レジ)のおねえさんも綺麗だったから赦す。

 やはり、この店は焼肉を食べることのみにウェートを置くべきような気がしたね。
 続いて道の駅摩周温泉から摩周湖に向かうも途中から酷い霧だ。案の定、摩周湖第三展望台はガスでなんも見えん。この冬、夏にまた必ず訪れようと心に固く誓っていたのだが絶望だ。でもある意味これが摩周湖の真の姿なのかもしれない。

 時間はある。後日改めて摩周湖に会いに来よう。そう思うことにした。

 しかし、こんな天候でも観光客は結構居るもんだと感心した次第。俺もそうなんだけど(笑)
「また見えなかったね」
 ある家族連れの女性が言った。
「見えなかったから、また見に来たくなるものさ」
 お婆さんがいみじくも応えていた。

 そんな会話を小耳に挟んでいると綺麗な花を見つけた。なんという花だろう。北海道ツーリング前に地元の霊山登山で撮影した花と酷似していた。

 霊山の花が摩周に飛んで来たような不思議な錯覚に捉われる。
 摩周湖から川湯温泉へ下り、藻琴山展望駐車場へ向かう。下界は晴れているが次第にガスがかって来て、展望駐車場は真っ白だった。

 バイクを降りて、見えるはずのない屈斜路湖を一服しながら覗いていると富山ナンバーの車が凄い勢いでパーキングに入ってきた。

 ドアを開け、おばさんが地図を片手に走って来る。凄い形相だった。まるで安達ヶ原の鬼婆。

 助けて〜(俺は心の中で叫ぶ)
「あ、あの藻琴山の展望台ってここですよね」
 鬼気迫る形相だ。

『はっ、はい、そうだと思いますが』

 怖いよう。

「ここには売店があると訊いたんやけどなんにもないよね」
 ババアは・・・もとい、おばさんはゼイゼイ言いながら喚いていた。
「ガイドブックには売店があると書いてあるんだけど」

 おっ、俺に言われたって非常に困るのだ?

『それは多分、この上のキャンプ場のあたり、藻琴山小清水高原展望台のことじゃないですか。通り過ぎちゃったんですよ』
 俺はビビリながら応えた。
「なんだって、俺は餓死しそうなぐらい腹が空いてんや」
 いつの間にか、ジジイ・・・いや、もとい、おじさんが現れた。
『な、なら、もう川湯温泉方面へ下りた方がいいかも知れませんよ。コンビニや食堂もあるし』
 と言うとバタンバタンと車のドアを閉め、ホイルスピンしながら霧の中へ消えていった。

 なんだったんだ・・・

 俺は暫し唖然とし、和琴に帰ることにした。もう夕方に近いし。
 途中、池の湯でひとっ風呂浴びる。温るめの温泉で俺は結構ここが気に入っている。しかし、札幌から来たというファミキャン集団が、個人の温水プールの如くここを独占。我が物顔で仕切っていた。小さい子供は放置。というか同じレベルで遊ぶ母親の姿ありき。お風呂ぐらい、ゆっくり入らせてくれてもよさそうなもんだが。

 片隅で体を丸めながら暖めた。屈斜路湖の景色を楽しむゆとりなどない。なんだかとても悲しい気分になる。
 温泉は早々に切り上げ、弟子屈のスーパーで、タコ、エビ、牡蠣などの食材を手に入れ、キャンプサイトに戻った。

 さっそくタコを捌いたが、大き過ぎ。いくらなんでもこんなにタコばっかり喰えん。近くの家族連れの方に半分ぐらい差し上げると非常に喜んでくれた。

 お返しまで頂戴して返って恐縮してしまう。

 さて、炭を熾すか。
 今宵の夕食は豪華絢爛。牡蠣・エビ・タコの炭焼きだ。牡蠣はもちろん厚岸産だ。ビールをゴクゴク飲んでたらふく喰らう。まさに至福の瞬間だ。

 美味いっス!

 これだからキャンプツーリングは止められない。ガンガン喰らって飲んで腹一杯。

 もう、喰えん。そして飲めん。後片付けを軽く済ませてシュラフに入った。
 まあ、総じて今日も満足な一日だった。喰ってばかりのような気もするがよしとしよう。

 HBCラジオからは、巨人戦が流れている。屈斜路湖の波の音も心地よく耳に響いていた。そしていつの間にか深い眠りに落ちていた。

 つもりが・・・

 和琴に雷鳴が響いた。そして集中豪雨。テントにバタバタと雨があたっている。

 昨夜と同じじゃねえかよ。そして大量の雨水が浸水してくる。

 もうイヤん。

 そして、あっという間にシュラフがグチャグチャとなれりけり。

 歴史は繰り返す・・・



 知床岬突入まで、あと5日。 



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