北海道ツーリング2005前編
信じられん?念仏岩にて
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ふとテントから這い出すと美しい知床の朝陽が昇っていた。サンライズ。まさに心が洗われる光景を拝んだ。 外に出るとスリッパの片方がない。恐らく深夜、キツネ野郎に盗まれてしまったのだろう。 登山靴に手を入れると、ほとんど乾いていない。しょうがないのではだしで行動する。 |
朝食は、またもインスタント茸ご飯にボンカレーをかけたものだ。俺はカレー好きなんで、夕べと同じメニューでもまったく気にならない。 食後のコーヒーも楽しんだ。 今日は、知床岬踏破の最大の難関、「念仏岩」の垂直降下と「カブト岩」120M降下という空前絶後なイベントを控えている。 それを考えると胃が痛くなってきた。 |
マットやシュラフを乾した。知床岬縦走のキャンプは、本日で終了だ。よく天日乾しして置かないと。 広げるとよくこれだけの荷物を背負って歩いて来たものだ。あれだけ困難なルートを。 でも、これから向かう「念仏岩」へ、また重い荷物を背負って降下するのか。噂だと90度の直角行らしい。あまりにも恐ろしい降りなので、誰もが念仏を唱えたという。 そして、念仏岩という名称がついた。 |
荷物をまとめ念仏岩へ向かう。 登山口がなかなか判別できず、暫し迷うがAOさんが、正規のルートを発見。ザイルを掴みながら強烈な登りを突き進む。 すぐ脇は崖。落ちたら絶対に助からないだろう。俺の息は既にあがっていた。まだ、ほとんど目が醒めてない状態だったが、完全に覚醒する。 |
AOさんHPより |
「私が登りきり、声をかけるまで待っていてください」 とAOさんが登攀を開始する。 凄まじい登りだ。俺は煙草に火をつけ、下から眺めていた。知床岬踏破、これより過酷な旅はないだろう。AOさんやコマンダーさんのサイトはもちろん、俺のサイトも含めて以後はハイパー北海道ツーリング系サイトと呼ぶことにしよう。 これ以上、体を張ったツーリング系のHPを作れと言われても絶対に無理だ。 |
「登っても大丈夫ですよ」 AOさんから合図の声がした。あいにく俺は小用中だったので(緊張感が足りんな)、少し遅れてザイルへ掴まった。なんだ坂、こんな坂、ひたすら根性のみで頂上へ辿り着く。そして例の垂直降下を見下ろしながら、煙草を一服。 AOさん降下開始。最初は比較的勾配がやわらかなんだが、中盤に衝撃の垂直降下に突入する。なんだか、これを描いている今も手が震えてくる。 |
AOさんHPより |
「降下が終わったら、合図を出しますので待っててください」 AOさんが下から叫んでいた。 しかし、いつまで待っても声がしない。そこで俺も垂直降下手前の岩まで降りてみた。 『AOさ〜ん、聴こえますかあ〜』 「・・・・・・・・・・」 『あっ、あれえ〜?』 返事がない。ここでも煙草を1本吸う。そしてまた叫んだが応答なし。恐らくもう降下を終了していると決断し、北野も突撃する。 80メートルの下降のうち、もっとも至難の技とされるのはエゾシカを滑落死させたという中盤の10メートル部分だ。見下ろすとガクガク膝の震えが止まらなくなる。 間違いなく垂直だ。俺は慎重に仰向けになって1本目のザイルを掴みながら少し下降した。そして一回転しながら2本目のザイルへ今度は腹這いの状態で移動した。直角の世界を命綱一本で渡る決死の器械体操をこなす。 |
AOさんHPより |
絶体絶命の極限だ。こんなに危ないことを今までの人生でやったことがあるわけない。命カゲロウ状態。滑落死すれすれだもの。 そして僅かな足場になる突起の岩に向けて、跳ねる。緊張のあまり大量の汗が噴き出していたが、汗を拭うゆとりなどない。 口で言うは易しだ。もの凄く怖かった。念仏岩の意味が充分に理解できた。もう、二度とやり遂げたくない。 |
なんとか念仏岩をクリアし、海岸へ降りるとAOさんがまったりしていた。 「いや、水筒を幕営地へ忘れてしまいました」 ややがっかりした様子だ。 そして、ふたたび海岸を歩くとまたも人気のない番屋へ到着。 カブト岩への登山口は、荒れ放題というか、どこだか分からない。そして、また休憩。AOさんが調べている頃、昨夜の別パーティが到着。 |
AOさんが幕営地へ忘れてきた水筒をきちんと回収してくれた。 AOさんが昨年と地形が変わっていると言いながらもカブト岩への登山口を発見。別パーティへもルートを教え、先に行かせていた。 ここも急な登りだ。体力がないと謙遜するAOさんだが、結構凄い勢いで登っていた。終始、マイペースな北野さんは、やや遅れて頂上踏破。しかも脇の絶景ポイントも見る気力なし。 |
カブト岩120M降下手前。 別パーティの諸氏が降下前で固まっていた。彼らは斜里のライハ兼民宿の常連だとか。みんな20代と言っている。ひとりだけ斜里のバイク屋の30代のオーナーも加わっていた。「クマに喰われにいくようなもんだ」と地元の人間は知床岬を踏破するなんて考えないそうだ。 先行した彼らがまず突撃。彼らは意外に早いペースで降下して行く。 なかのひとりが「意外に楽しいかも」とピースサインも出していたし。 AOさんが、どうしますか?とおっしゃるので遠慮なく先に行かせてもらうことにした。 ドクン、ドクン・・・ 胸の鼓動が高鳴る。 呼吸を整え、 突撃! |
うっ、凄いキツイ。腕がちぎれるように痛い。足場は蟻地獄のように滑る土だった。 途中で手を離したら海中まで転げ落ちるのは必至だ。でもその方が、どんなにラクかと思った。 ただ、後半は慣れてきてペースを掴み、ザイルを滑らせぴょんぴょん跳ねながら下降した。これをやるとペースが異様に早くなる。 |
下でAOさんを待つ。AOさんらしく慎重に降りる様子を確認した。そして、一服タイム。第二次隊は、とにかくのんびりペースだ。だが迎えの船の時間が15時なんで、あんまりまったりしていると熊の穴のおっさんの迎えの船に取り残されるかも知れない。 なにが遭っても誰も助けに来ない、というより来れないという恐るべき自己責任の領域を抜けた。つまり知床岬踏破へのすべての難関は、ことごとく突破した。あとはシリエトクへ突入するのみ。 そのあたりについては、次章で、またゆるりと語ることにしよう。 |