北海道ツーリング2005前編




まじっスか???



12



 早朝4時ぐらいに鹿の鳴き声で目覚めた。

 テントの外へ出てみるとは山の方から小鹿が血相を変え、鳴き喚きながら走ってくる。
「どうした?」
 俺は思わず呟いた。

 どうやら母鹿とはぐれてしまい、パニックになっているようだ。俺は煙草に火をつけ、展開の推移を見守っていた。すると森の中から別の鹿の鳴き声がし、大きな鹿が現れた。小鹿は、大きな鹿へ鳴きながら駆け寄る。おっかさんのところへ無事に戻れてよかったな、バンビ。携帯灰皿で煙草の火を消す。

 知床上空は早朝から強烈な陽を放っている。今日も暑くてよい天気になりそうだ。

 そして朝食。不味い登山用のレトルトご飯を食べた。味っ気がなくて本当に美味しくない。
 それでも我慢して腹にぶち込む。食後のコーヒーを飲みながら、ゆっくりと後片付けを済ました。シュラフは暫く天日乾しにする。

 AOさんの撮影した早朝の仔鹿の画像がとてもいい味を出していた。

「少し早いけど出発しますか」
 AOさんに促され今日も長い歩き旅が始まった。
 学生さんたちは岬からの帰路だった。我々と逆方面へ歩いている。知床岬を往復歩くとは、流石山岳部だ(といいつつ、俺も密かに某山岳部関係の責任者だったりもする)

 完全な干潮にはまだ早いが充分海の底を歩けた。あたり一面は海草の草原だ。足元に栗(ウニ)はないかと性懲りもなく目を光らせている北野の姿あり。

 そんなことばかり考えながら歩いていると深み(穴)へはまりそうになった(汗)
 剣岩へ向かって歩く。なるほど剣といえば剣のカタチに見えるかも?

 つうか、俺の頭は、まだ寝ぼけていて、まったく緊張感がねえんだよな。

 そこへ行くと昨年から2年連続岬へチャレンジしているAOさんは常に冷静沈着に俺の姿を画像に収めてくれている。

 ご自身では体力不足と謙遜はされているが、俺よりは絶対にありそう。
 そしてメガネ岩突入。

 ここも結構強烈なへつりポイントだった。巨大な空洞を眼鏡に見立ててメガネ岩と言われているのだろう。

 以前、ウトロ側からネイチャー・ウオッチング・ボート(普通の漁船)で知床岬を目指したことがあったが、そこにもメガネ岩と呼ばれるポイントがあったのをふと思い出した。

AOさんHPより
 あれはいつの頃だったろう。そう、2000年の冷夏の年だ。海上からシリエトクを眺め、いたく感動した記憶がある。いつの日か歩いて知床岬まで到達してやると固く心に誓っていたのだ。

 その日から既に5年もの歳月が流れたか。本当に長かった。実際に知床岬を目指して歩いているなんて夢のようであり、長年積み重ねられたシリエトクへの熱き思いが次々と胸に込みあげてくる。

 おっと、感慨にふけるのは岬に着いてからだ。今は、現実の難関を一つひとつクリアしながら前進しないと踏破失敗に終わる可能性もある。

 集中、集中。

 メガネ岩を抜けるとこんな状況に↓前年の第一次隊も苦戦したへつりポイントだ。

AOさんHPより
 去年は、ミヤタが上へ上へと這い上がり、降りれなくなり固まったとか。

 第二次隊は、第一次隊の犠牲の上に成り立って・・・

 もとい、経験を生かして海面すれすれをへつって行くのであった。

 トラバースの難所を突破。ホッと一息つく。
 俺は未だかつて、これだけ岩にぶら下がっている記憶などない。

 ちょっと気を抜いたら海中にドボンだ。落ちてもいいんだけど(いや、よくないな)デジカメとか、だめになるんで、本当にへつりって神経を遣うし、腕が痛くなる。

 ここで小休止。煙草が美味い。
 ペキンノ鼻方面へ向け歩き出した。

 果てしないゴロタの浜を黙々と歩き続けた。とにかく知床奥地では自分だけが頼り。自己責任がすべてである。いくら表面上、かっこいいサイトをあげたって、ここではなんにも通用しない。信じられるのは自分の体力のみ。

 AOさんは、俺を先行させてくれるので、終始自分のペースで歩けて快調である。

栗(ウニ)が、落ちてねえかなあ〜

 

本当は、そんなことばかり考えていたりする!

 巨大なゴロタ地帯を抜けるとペキン川が見えてくる。そして、なにやらたくさんの人たちがいた。

 なにをしてるんだろう。それよりシャツが汗でベトベトしてとても不快だった。ペキン川の水でシャツをすすぐかなんて考えながら足を進めた。
 ペキン川で小休止。たくさんの人たちは、ゴミ拾いのボランティアだそうだ。AOさんはペキンノ鼻のトラバース情報を得るため、その人たちの方へ聞き込みに向かった。

 俺は上半身裸になり、そのままシャツを洗った。そしてザックの中身を整理する。なんだか荷物が背中にあたるのが、気になった。
 浜には釣り客を乗せた熊の穴の船が停泊していた。念のためAOさんが、帰りの船の確認をすると、
「そんな予約あったっけ?」
 ボケたふりをおっさんがしていた。でも本当に忘れることがあり、赤岩に取り残された人もいるそうだ。

 容赦ない陽射しを浴びながらペキンノ鼻の頂上へ登り始める。
「ここから、さらに奥までいくと草原になっており、とても綺麗ですよ」
『いや、やめときます』
 ペキンノ鼻の頂上付近でAOさんから勧められた。でもシリエトクまでは体力をできるかぎり温存していたいので申し出を断る。今思うと、見ておけばよかった気もする。
 下界を眺めるとボランティアの人たちを乗せる船がやってきた。しかし、全員を乗せるのは無理のようで、何回かピストンするらしい。

 乗り切れなかった人たちは、楽しそうに周辺を散策している模様だ。なんでも高額の船代を自腹で支払ってボランティアにきているそうな。それなら、ある程度は知床を満喫しないともったいない。



そして、ペキンノ鼻の難所へ突入!



「ペキンノ鼻は、へつれ」
 熊の穴のオヤジの言葉に従いへつる。

 昨年、一次隊はへつるのを断念し、山中を4時間も彷徨ったとか。それは勘弁なんで岩をカニ歩きする。

 悪戦苦闘の末、あと岸まで数メートルまで迫ったところで・・・

 その先はオーバーハング。90度を超えていて絶対にへつれない。おっさんの嘘つき!
 まず、AOさんがドボ〜ン。そして北野も自爆する。しかも海中の石に滑り完全水没するところをAOさんのステッキを借りていたので救われた。いや〜危なかった。

 しかし、ここまで、かなりへつってきていながら、着水するとは無念なり。

 山中を長時間、熊の恐怖に耐えながら高巻きするのと、どっちが大変だろうか。どっちも大変かも知れない。
 ペキンノ鼻を突破後、昼食にした。登山用のレトルトまぜご飯では、あまりにも味気がないので、バーナーでインスタント親子丼の具を暖める。そして、ご飯にぶっかけて食べるとこれが美味い。

 濡れた登山靴は一応乾す。でも濡れにくい構造ゆえ、いったん完全に浸水すると、なかなか乾かない。以後、ぴちゃぴちゃ音を立てながら歩くハメになる。

 ペキンノ鼻を最短時間で突破した代償は、かなり大きい。
 暫し休息の後、またこんな巨大なゴロタを延々と歩く。こんなことばっかしだ。いい加減うんざりしてくる。

 ただただ歩くしか活路は見出せない。
「こんなことをやっていて、楽しい?」
 と問いかけられれば、
『楽しくない』
 と躊躇いなく答えたと思う。

 俺のなかのシリエトクへの執念だけが闘志をかきたてるのみ。
 ようやく辿り着いた沢で、休憩及び給水。スーパーデリオスで浄化させた水を補給する。

 去年は、ここで第一次隊は遅い時間となり、かなり鬼気迫る状況になったらしい。ただ今回は海に突入という強硬手段に出たため、時間的にはまだ余裕がありそうだ。

 ここで冷たい水で喉を潤し、体力を蓄える。

 でもちょっと暗くなったかも?
 またも岩のトンネルを抜ける。

 この先にすぐにテン場があると思ったが、実はまだまだ先のようだ。

 いったい、いつになったらテントが張れるのだろう。

 足の裏の潰れたマメが、ジワリジワリと痛みを増してくる。 
 北野歩く。ただただ黙然と歩くのみ。

 浜辺には、昆布がたくさん打ち上げられていた。それが腐敗し、鼻をつく異臭を放つ。しかも昆布の上を歩くと滑るので、困ったもんだ。

 これが新鮮な昆布なら、高級品なんだろうなと思いながら、また歩いた。
 番屋前通過。しかし人の気配はまったくない。

 昆布以外の漁のための番屋なのか?

 でも大きな建物がずらりと並んでいた。もしかしたら、自販機でコーラとか売ってるかもと淡い期待を抱いたが、極限の知床にあるはずもない。

 水の確保ですら、浄水器を細々と活用しながら、ようやく補給しているのだし。
 やっと、本当にやっと男滝到着。この先の女滝との間の砂浜が今夜の幕営地だ。いや〜本当に疲労困憊だ。そして人類の気配など全然漂ってない。誰も居ない海岸だ。クマちゃんの視線のみを感じる。

 でも、無事着いたからいいかあ、ようやくメインザックを降ろし、荷を解いた。

 なんだかもの凄く長い道のりだったぞ。濡れた登山靴も脱ぎスリッパへ履き替えた。
 テントを張り、夕食の準備。少し冷えて来たので、コンパクトダウンジャケットを出し、身に羽織った。これはかなり暖かくて使い勝手のよいジャケットだと思った。

 例の美味しくない登山用の茸ご飯へボンカレーをかけた。あまり、いい匂いを出すとクマが寄ってくるそうなんで、袋は海水で洗う。こうすれば平気だろう。

 そして、ウイスキーを詰めたペットボトルを取り出してチビリチビリと飲む。極限の酒は実に美味い。 
 酒を飲みながら星空を眺める。本当に綺麗だった。暫し見入っていると、人が歩いてくる。こんな時間に?
「こんばんは、となりにテントを張らせてください」
 なんと1日で、相泊からここまで歩いてきたそうだ。人数は4人のパーティだ。しかも、暗い中、ヘッドランプなしで歩き通してきたとか。
「なんで、こんなに遅くなったの?」
 AOさんが訊くと、
「ペキンノ鼻を知床岬と勘違いして、一旦、テントを張っちゃいました」
 なんというか、凄いのか?無謀なのか?俺には解からん。しかも世界遺産の地で焚き火をするキミたちは?
 どうやら熊の穴のおやじに焚きつけられたらしい。
「岬まで1泊2日で行けるよ」
 って具合に。そして今、岬に向かっている連中が居るから、帰りの船は合流するといいよと吹き込まれたようだ。

 なんだか解からないけど、少し迷惑な気分だ。岬へ入っている連中がいるから、それに便乗しろって言っても、俺らは全然知らない世界での出来事である。普通はあり得ない。 
 知床岬踏破は普通じゃないから、いいか!ただ、俺は何年も前から、知床岬踏破だけが夢だった。それだけは、思いつきの行動だけで、ぶち壊さないでいただきたい。

 空を見上げると信じられないくらい美しいミルキーウエイが広がっている。これほどの星空を北の大地で観たのは何年ぶりだろう。

 AOさんは、お先に失礼と言い残し、早めにテントへ入った。

 俺は、ひとりで飽くこともなく夜空を見あげ続けていた。

 女房子供は今ごろなにをしてるのかな。俺が知床の奥地の海岸で、極限のキャンプをしているなんて夢にも思ってないだろう。一応、携帯を見たが当然圏外だった。

 山側からは怪しい獣の呻き声が聞こえてくる。疲労で神経が麻痺しているらしく怖いとも思わない。

 今宵もほどほどに酔いがまわったので、俺もシュラフにくるまった。知床の波の音はとても静かで、心地よく意識が消えていく。

 明日は、シリエトクへ到達する予定だが、その前に”念仏岩”と”カブト岩”というもっとも手強い難所をクリアしなければならい。おそらく行程の中で、いや俺自身の今までの旅の中で、最大の修羅場と化すだろう。

 でも、なんとしてでも困難を乗り越えないとシリエトクには辿り着けない。

 まさに嵐の前の静けさ・・・

 深夜に目を醒ましたAOさんは、満天の”天の川”を拝んだそうだ。 



HOME  INDEX  13