北海道ツーリング2004



北炎




屈斜路湖和琴半島







 霧の多い浦河国道をえりも方面に向け走っていた。そのわりに気温は高い。がっ、なんかとっても寂しい気分だ。

 襟裳岬を迂回し天馬街道から一気に大樹町方面へ山中越えをするつもりが、ボーっとしているうちに岬まで出てしまう。えらいロスタイムだ。工事中だらけの黄金道路だが、久々にフンベの滝付近で一服した。

 煙草もあまり美味く感じねえな。
『だめだ。耐え切れない』
 R336を北上しているとどうにも具合が悪くて運転が辛い。そこで以前にも利用したことのある晩成温泉に立ち寄ることにした。ここも無料の休憩室があったはずだ。

 バイクを停め、入場料400円(200円安くなっていた)の券を自販機で買い温泉に浸かる。茶色の温泉。熱めでも比較的長く湯船に居ることができる。

「にいさん、どっから来た」
 帯広から来たという50歳の男性に話しかけられる。
『福島です』
 具合が悪く本当はあまり人と口をききたくないところだが我慢して応対する。
「福島には温泉がないのかい」
『いえ、県内には無数にあります。ただ、北海道ほど低料金で気軽に入れる温泉施設は充実してないと思います』
 おやじは、人のよさが滲み出るような笑顔を見せた。
「あんた30半ばくらいか?」
 おそらくこんなに若くみられるのは最後であろう。妻子もちの○○歳だと答えると驚いていた。

「北海道のどこが一番いい?」
 やはりきたか。
『はあ、景色ならサロベツが好きです。何度行っても飽きないし』
「・・・・・」
 おやじはなにか悦に入っていた。

『のぼせてきたので失礼』
 旅人を放っておけない典型的な道産子おやじに一礼し、俺は静かに休憩室へ戻った。

 休憩室は結構混みあっていた。俺は空いているスペースを見つけ、座布団を枕に畳の上で、大の字になった。すると、あっという間に熟睡してしまう。

 どのぐらい時間が経ったのだろう?ふと目覚めると枕元に栄養ドリンクが置いてあった。たぶんさっきのおやじからだろう。ありがとう。遠慮なくいただくぜ。

 喫煙ルームで一服していると昼間から酔っ払ったおばさんたちもやってきた。
「あら、このズボンの柄好きよ」
 俺の迷彩柄のズボンの膝を撫で回される。くすぐったい。内地で俺が異性に逆のことをしたらすぐに訴えられるだろう。しかし、ここは内地じゃねえ。

 おばんがエロっぽい口調で話しかけてくる。
「あんた、地元の人?ずいぶん日焼けして引き締まった、いい体ね」
 流し目を使ってくるし。
『いっいいえ、地元ではありません。ただの内地からの旅人です』
 俺は具合が悪くて痩せ細っているだけだ。
「あら、そのなまらワイルドな雰囲気、演歌歌手か広尾の漁師かと思ったわ〜ん。広間で一緒に飲まない。うふん。どうせ、ここのキャンプ場へ泊まるでしょ。あたしもテントにお邪魔していいかしらん?」
 うっ、なんだか最近、こんな展開ばっかし。体調がメチャメチャ悪いところへ胃の中から酸っぱいものが思い切りこみ上げてきた。これ以上、俺の体に触るのやめねえか。

 つまり俺は既婚だし、理想も高いのだ?

 さすがに気色悪くなってきたので逃げ出すように晩成温泉を飛び出した。一時は宿も考えたが、温泉効果と帯広のおやじからもらった栄養ドリンクで少し力が湧き和琴キャンプ場に向かうことにする。

 途中から雨が降り出しカッパに着替えた。結局悪天候か。コンコンチキめ!

 釧路に向け延々とスロットルを握り続けた。辛い、苦しい、寂しい。ちっとも楽しいなんて思わない。なんでこんなこと毎年続けているのだろう?体が弱っていると考え方もナーバスになるって本当なんだな。

 ようやく釧路入りした。ここまで来ても北海道ツーリングをしているという高揚がまったく湧き上がって来ない。道道53を弟子屈方面へ左折した。暗く空いた道、人気のない湿原展望台、閑散とした湿原温泉も突き抜けて疾走した。対向車も妙に少ない。

 雨の中、弟子屈の街に入り、R243へ。屈斜路湖が見えるようになると無感動な砂漠のような病身の俺の心へも水がさしてくる。今日だけで4百数十キロ走りぬいて、ついに帰って来たぞ!
 和琴半島へ右折した。

 売店にはいつもようにおばさんがいた。
「今年も帰って来たんだね」
『ここは、俺の故郷みたいなもんだからな』
 17年前、ここで俺の旅人としての感性が目覚めたと思う。

「好きなだけ休んでいくといいよ」
 お袋の声は優しかった。
 さっそくテントを設営し、和琴露天風呂へと向かう。

 曇天の空の中、まったりと湯に浸かった。サイト内に無料露天風呂、最高じゃねえか。和琴キャンプ場。体調の悪さも暫し忘れ、至福の瞬間に酔った。

 ただし、上陸して以来酒は飲んでない。つうか、アルコール自体受けつけない。酒の飲めない北野は「翼の折れたエンジェル」だと思う。さらに食欲のない俺は上陸して以来飯も喉を通らねえ。

 どうなってしまうのだと早い時間からシュラフの中で朦朧とする意識の中で考えたが、いいかっ!

 明日になればどうにかなるだろう。この楽観主義、いつになったら治るのか?馬鹿は死ななきゃなんとかと言うし。

 もう意識不明となれりけり・・・ 
 翌朝、早朝に目覚めるもやはり体調悪し。いったいいつになったら具合が戻るんだ?

 露天風呂で体を暖めて二度寝した。今日は一切動くのを止めて安静にしていよう。

 ところが、トイレからの帰りに意識が一瞬消えた。立眩みというやつか。医者嫌いな俺もここは病院に行かんと大変なことになると思った。
 キャンプ場のオーナーに病院を聴くと
「なんもすぐそこだよ。この道をまっすぐ弟子屈市街の外れに大きな病院がある」
『マジっすか』
 道東の人のすぐそこを信じた俺が馬鹿だった。思い切り遠いし。こういう場合は救急車を呼ぶべきなのだろうが、ほとんど記憶がない。そして、どうにか摩周厚生病院へ辿り着く。

 受付の女性職員から言われるままに初診票とかへ記入しているとき、天井がくるくると回り出し、俺の意識は崩れるように永久の眠りに消えていく・・・

 北野斃れる・・・

「安らかに眠ってましたよ」
 看護婦は穏やかに笑っていた。

 って俺は既に死んでいたのか?

『やっぱり1回死んで蘇生したんスか?』
 点滴を受けながら叫んでいた。
「疲れていたのね。熱も凄かったのよ。40度超えてんだから。普通なら肺炎になって危なかったくらいよ。あなたは普通じゃないみたいんでなんとかなったけど。あっ、そうそう、座薬入れるからね」

 うっ(恐)

「はい、パンツ下げるわよ」
『いっ、いやあ〜』

 いやあああ

 みどり、ゴメンなさ〜い!おまえ以外の女にパンツ下げられたあ〜

 ここで北野はまたも意識を失った。




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