第8章 西海岸単独8時間トレッキング




礼文島西海岸にて「礼文ブルー」



8時間トレッキング出発の朝




かさばる荷物
 俺は、朝4時には起きた。

 まずは炊事場に行きタオルで体を拭く。実は昨日、ボイラー故障のため、島唯一の銭湯に入れなかったのだ。

 風呂に入ったのは、鏡沼キャンプ場でシャワーを浴びて以来なんで体中がベトベトしてかなり不快だ。
 テントの前室で米を炊いた。おかずはまたもや納豆。納豆って、あまりバラ売りしていないので3パックを全部おかずにする。味噌汁は登山用インスタントのほうれん草汁だ。強引に腹へぶち込む。とてもとても喰わんともたないシビアな世界へ突入するのだ。


西海岸単独8時間トレッキング


 陽がジリジリと照り出してきた頃、大汗をかきながら、8時間トレッキングの荷物を入念に準備する。

 2リットルの水筒。クッカー、マグカップ、ガスバナー、カッパ、ツェルト、コンパクトシュラフ、サイココンパス、サバイバルナイフ、笛、ウナクール、登山用食品、調味料各種、そして登山靴・・・荷物持ち過ぎだ。

 しかし、これらのすべてが、近い将来に決行されることになる人跡未踏「知床岬」踏破への布石となるのだ。リュックを抱えてみると・・・お、重い。いくらなんでも重過ぎだ。まるでポーターだぜ。さらにリュックが山菜取り用だなんて、まるで落語の世界だと思う。

 礼文岳を登るというヤスケと一緒にバス停へ向かった。

 先日8時間を歩いたヤスケが
「途中、澄海岬へ出るとき標識がないので注意してください。あっ、よかったら、この山岳地図貸しますよ」
 これは素直に有難い。8時間コースは2000年に踏破済なんで知りつくしているつもりになっていた。しかし3年の歳月で、結構細かいところは忘れていた。遠慮なく借りることにする。

 バス停でキャンプ場に泊まったが8時間踏破を断念したカップルにも激励を受けた。
「歩けなかった私たちの分まで頑張ってください」
『おう、任せておけって』
 と痩せ我慢したがとにかく荷が重い。

 香深井のバス停からひとりトボトボと歩いた。3年前には星観荘の仲間と大騒ぎしながら歩いたっけ。あの連中は今頃、どうしているのだろう?

 しかし、やっぱりリュックが重過ぎる。肩が痛い。本当に大丈夫かな?

 礼文島西海岸の8時間トレッキングコースは、別名「愛とロマンの8時間コース」と呼ばれている。このコースをグループで踏破し、結ばれたカップルが本当に多いらしい。

 足を滑らした(わざと?)女に
「大丈夫かい?」
 と男が手を差し伸べ愛が芽生える。

 別バージョンだと
「わあ〜この高山植物綺麗!」
 女がいう。

 あらかじめ図鑑で調べていた男が
「これはレブンウスユキソウだよ。花言葉は尊い記憶さ。キミのようだね」
 ここから愛が芽生えたとか。

 既婚の俺には、どうでもいいことなんだが男同士で歩いて愛が芽生えたら・・・

 ゲ〜

 想像しただけで、気持ち悪い。現に組み合わせが悪いと男ふたりっきりなんてシチュエーションもあるらしい。

 そんな目に遭うなら、俺はキャンプして単独がいい。男のメロンで充分。

 なんてアホな妄想をしながら延々と歩く。

 以前間違えて元地方面に行きそうになった「宇遠内」への標識を確認して礼文林道へ突入した。長い登りをヘコヘコと歩く。荷物が重いぜ〜(何度言ったろう)

 途中、年輩のご夫婦とすれ違い、「おはようございます」と元気に挨拶を交わした(後刻再会するけど)。

 気温は高いが、森の風がとってもすがすがしく吹いていた。
 礼文林道のあちこちにシートに覆われたバイクが置いてある。なんでだろう?一応バイクは乗り入れ禁止なんだが・・・

 登りのピークが過ぎて降りにさしかかる頃、おやじが乗った1台のスクーターとすれ違う。山の作業の帰りか?道を譲り一礼するも挨拶なし。

礼文林道のバイク

礼文林道の降り
 礼文林道から宇遠内への降りは相変わらず荒れたダートだが、バカ女のけたたましい笑い声が聴こえる。どうやら先発のグループがあるらしい。

 海上からしか物資を運べないという宇遠内の売店は素通りし、すばやく海岸線へ出た。

 人の香りがしない、本物の自然の海岸だ。なんだか本当に懐かしい。

 かなりジーンとくる。 
 俺は、この浜を見たいがためだけに島へ渡って来たのかも知れない。

 この種の感慨は極限の旅人にしか絶対に理解されないと思うが、もの凄い感動だった。

 やっと帰って来たよ。西海岸よ。

ゴロタを歩く

ナナちゃんビーチ
 ナナちゃんビーチ。

 2000年、8時間コースの星観荘隊のメンバーの中にナナという女の子がいた。ここへ辿り着いたとき、彼女はあまりの砂浜の綺麗さに大喜びし、はだしで海につかっていた。そんなことから俺は、このあたりでは貴重で小さな砂浜をナナちゃんビーチと勝手に命名していたのだ。

 ここで初めて小休止し、煙草に火をつけた。本当に綺麗な浜だ。海水が透き通っている。
 まったり休憩していると、年齢のワリにちょっと浮かれ気味の団体さんに追い抜かれる。それは星観荘グループだった。これはまずい。

「おひとりですか」
 グループの中の女性が話しかけてきた。
『ええ。でも前回は星観荘に泊って4人できました』
「なぜ今回は星観荘じゃないんですか」
『まあ、いろいろとね』
 細かく説明するのが面倒なので、言葉を濁してごまかした。

 俺が星観荘隊の隊長を務めた時は超マッタリペースで、8時間ならぬ10時間もかかった。ここで星観荘チームに抜かれることは、それ以上時間がかかるということだ。
 それにしてもゴロタ(ガレ場)の浜に道などない。まさに岩がゴロゴロ、足が痛いよー。

 岩を登ったり、降ったり、周りこんだり・・・

 こんなに辛かったっけ?

 過ぎ去りし過去は皆美しいからなあ・・・

難所・砂走り

昼食を作る
 ありゃ、画像に文章がついていけなくなってるよ。すみませんねえ〜

 砂走りという強烈な登りへ入った。やっぱ凄い難所だ。途中何度も休んだ。一応、階段のある部分もあるが、ほとんど崩れていた。勾配もかなりキツイ砂の登りだ。ゆっくり、ゆっくりと登って行く。
 登りきるとかなり腹が空いたので、2000年と同じ場所で昼食を作った。これだけ運動量があるとなんでも美味い。優雅に食後の珈琲も楽しむ。
 さて、出発しようかなと思った頃、今朝、礼文林道ですれ違った年輩のご夫婦と再会した。

 どうやら、飲み物を忘れて戻った時にすれ違ったらしい。飲み物なら宇遠内の売店で調達できたのに・・・お教えできれば本当によかったのだが遅過ぎた。でも元気にトレッキングされていてなにより。

 大阪の小学校で教鞭をとられているというモリ先生ご夫妻、非常に感じのよい仲睦まじき旅人さんでした。

長い一本道

礼文の森
 ひとりになり、また1本道をテクテク歩いた。

 さすがに8時間コース、道のりは果てしなく長い。

 礼文は高山植物が咲き乱れる「花の浮島」とか呼ばれるようになっているが、本当は森の島だった。昔、森林が大火でほとんど焼けてしまい、現在のカタチになったのだ。

 とにかく草原が大きく広がっている。
 澄海岬が近づいて来た頃、休憩をとっておられるモリ先生ご夫妻とミタビ再会する。

 いや〜、奇遇ですねえ〜

 モリ先生は、これからの日本を憂いておられる。奥さん先生はチャーミングで本当に優しくてお綺麗な方だった。

 モリ先生が、澄海岬へのルートをご自分の足で確認しに行かれた。ご足労おかけしました。

澄海岬手前から

先生ご夫妻
 本当にモリ先生ご夫妻とは楽しくお話しながら散策さてもらいありがとうございました。旅の交流とは、他人にベッタリ甘える傷のなめ合いではなく、毅然とした何気ない親切から始まることがとても素晴らしいと感じた。

 明日は島抜けされ、サロマ湖方面へ向かわれるそうだ。まあ、その方面の俺の知りうる情報をお教えしたがお役に立てたかどうか。
 澄海岬へ降りた。

 ここでモリ氏ご夫妻と別れる。お互いにメールアドレスの交換をしたら、前章冒頭の画像等を送付いただく。この場を借りて御礼申しあげます。

 それにしても今日の澄海岬、息を飲むような美しさだ。この光景をどうかいつまでも静かに見守ってもらいたいと心から願う。

澄海岬2003




北野ふて寝!



 
実は道端でふて寝する図



 ゴールをスコトン岬にすると久種湖畔キャンプ場まで、さらにまた7キロも歩くことになる。そうなると40キロコースとなり、辿り着くのが20時を超えてしまうだろう。

 ちょっとそれは勘弁なので、澄海岬から東海岸まで歩いてキャンプ場へ戻ることにした。しかし疲れているせいか澄海岬からキャンプ場までの道のりがとてもとても長く感じられた。

 昨年、購入した登山靴はほとんど使ってなかった。当然足には馴染んでおらず、足の裏が豆だらけになってしまう。とてもとても痛くて耐えられない状況だ。リュックも肩にめり込むように痛い。本当に自分自身が情けない。

 もう歩けないと道路でふて寝していると観光バスが停まり、ガイドさんが降りて来て
「大丈夫ですか?ご気分でも悪いの?』
 と優しく話しかけて来る。

『いや〜、なんもなんも、ただの昼寝だよ、昼寝、ワハハハハハ」
 と笑ってごまかし、ピョンっと立ち上がりスタスタ歩き始めた。サムライは痩せ我慢するもんだよ。

 16時過ぎ青息吐息でキャンプ場へ復員して・・・もとい!帰還して来た北野の姿が見られた。

 8時間ピタリ。約30キロ弱。かなりボロボロだ。こんなんでは2泊3日ゴロタの連続、知床岬踏破など夢のまた夢・・・

 でもまあ、久々に礼文島西海岸の美しい景色を堪能できて本当に大満足。この達成感はなにものにも替え難い有意義な体験だと思う。

 それではまた、次章にて!