第1章 北へ




仙台港フェリーターミナルにて



北へ



 今年もようやく北の大地へ旅立つ日が来た。

 しかし、出発の前日まで泊まりの出張が入っていて全然準備が出来ていない。どうしよう。かなり慌てて荷物をまとめパッキングをした。よし、急げ。

 ・・・と思ったら

「あなたあ〜、待ってえ〜」
 女房の一声。なんだ今年もかよ。まさか出がけのチューとか言わないだろうなあ。
『どうしたんだ?』
 俺は訝しげに応えた。
「なんか荷物例年になく多いんじゃない?」
『うむ、言われてみればそうかな?』
「大丈夫なの」
『なんもなんも楽勝だぜ、ワハハハ』
 グラッ・・・マシンのあまりの重さで思わず立ちゴケしそうになりながらも出発だ。

 実は今年はなんやかんやと面倒なことや頭にくることが公私共に多発し、かなり精神的にボロボロだった。なにをやっても裏目に出るし。

 仙台港へ向かう道中、自分なりに今の日常へ自信をつける方法を考えた。辿り着いた答えは「怒涛の14日連続キャンプ」、風が吹こうと雨が降ろうと雪だって槍だって野営してやるぜ!(気合い)

 こう決めて途中で断念するようなヤツなら、北野はその程度の男だ。

 フェリーターミナルへ着いた。北へ向かうライダーが既にかなり集結していて、なんとなく緊迫感が漂っている。出航2時間前、続々と彼らが乗船口へと消えていった。やがて北野とその愛機ゼファーも・・・ 

 出港の銅鑼が船内に大きくこだました・・・

 そして北へ・・・

日の出直前
 俺は船内のロビーで酒を飲み、早目にB寝台の2階のベッドへもぐりこむと、あっという間に爆睡してしまった。

 かなり疲れが溜まっている。いつもなら2段ベッドの2階が大嫌いで寝付けないのに・・・

 そして早朝に目覚めてしまう。




見えなかったものが見えてくる?



 ロビーへ出て煙草へ火をつけ外を見ると今まさに陽が昇らんとする瞬間だった。

 綺麗な朝陽が顔を出してきた。

 思わず手を合わせる。

 久々にいい天気の北海道ツーリングになってくれ。

 しかし虚しい願いになろうとは・・・(涙)

ご来光
 しばらくロビーで、ボーっとしていると俺と同世代くらいの男が話しかけてきた。

「ライダーさんですか?」
『そうだが・・・』
 まだ旅に馴染んでおらず見知らぬ男との早朝の会話がとても億劫であった。
「実は俺もライダーで、17年ぶりの北海道ツーリングなんですよ」
『それは懐かしいですね』
「なぜ、これだけブランクが開いたかというと事故で片目の視力をすべて失ったんですよ。つまり障害者なんです」
『げ!』
 マジかよ。俺は、一瞬雷に打たれたような気がした。
「でもどうにか大型免許を取って、やっと北海道へバイクで帰ってこれました。片目は失ったけど逆に見えなかったものが、いろいろ見えてくるようになりました」
『・・・・・』
 僕は居たたまれずに甲板へ走った。こんなに前向きに頑張って障害を克服し、北海道ツーリングに来ているヤツもいるんだ。それに比べ今の自分はなんと女々しい野郎なんだろう。

 熱くこみ上げてきたものを抑えながら、風の匂いを嗅いだ。ほんのりと北の大地の匂いがする。俺にはわかる。旅人の大陸の香り。そして朝陽が北野の顔を赤々と照らし、否応なく北海道ツーリングの機は熟して行くのだ。

 旅が始まる・・・

 どういう展開になるかなどまったく予測がつかない。

 だが、俺の思惑とは関係なく、刻々と陽は中天近くまで上がり、やがて下船案内のアナウンスが船内に流れた。

 すばやく準備をし、パッキングを済ます。1年ぶりの北の大地だ。

 勢いよく苫小牧港へ上陸し、パッキングをし直したらもう周りにライダーが誰も居ない。でも俺は過去の悲惨な経験上、パッキングへは絶対に妥協しない(過去レポの通り)男なので、それでいいんだ。

 かなり遅くなったが沙流川キャンプ場へ向け出発。天気は良好だ。意気揚々と苫小牧の原野の中を駆け抜けて行く北野の姿が今年も北の大地に映えていた。