新橋の豚丼肉盛



第5話



十勝川温泉にて その2



 早朝に起床。温泉は24時間入れるので、すぐに向かった。雪がぱらぱらと降っており、気温はかなり低い。露天風呂へ渡る通路の床が凍っており、少し滑った。

 誰も居ないので、足を思い切り伸ばして、長い時間温泉に浸かる。 
   朝食は、チャンチャン焼きなども出て、またもボリュームたっぷりであった。美味しい十勝の牛乳飲み放題も嬉しい。ご丁寧に年配の女将が食堂に現れ、過分な挨拶をしてくれた。本当に素晴らしいサービスである。少し、感動してしまった。

 さて、今宵もこちらの旅館に連泊なのだが、日中は帯広駅前まで、無料送迎バスを出してもらえる。もちろん筆者も便乗させていただくことにした。 
 白い平原を30分ほど走ると帯広市街地へと入る。駅前とかに来たのは11年ぶりぐらいか。記憶にあまり自信はないけど、ほとんど変わってない?

「3時にここを出発します。遅れても待ちませんので、時間厳守でお願いします」
 タクシーで十勝川温泉へ戻ると5千円くらいかかるそうだ。そいつは勘弁願いたい。
 
   駅前から平原通をかなり歩いた。雪が意外に深いので要注意であった。

 どれぐらいだろう。20分以上かけて”新橋”到着。冒頭の豚丼は、この店のものだ。

 通りの裏側なので、少しわかりづらいが、立派な食堂だった。
「いらっしゃい。豚丼食べに来てくれたのかい。ありがとなあ」
 まだ店内にお客の姿はなかったけど、ご主人から歓迎のお言葉を頂戴する。
「豚丼なら、肉盛りがお勧めだよう。ご飯の量は並だけど、肉の量が多めになるからねえ」
 典型的な北海道弁のイントネーションで説明を受けた。
『じゃ、それにするか』
 お茶を運んできたオバサンにオーダーした。
「味噌汁はどうしますか。けんちん汁200円、わかめ汁やナメコ汁とか150円だよ」
『じゃあ、ナメコにするね』
 一応、オバサンに答えたけど、食傷キタノ、果たして食べきれるのだろうか?

 暫し待って、出てきた名物豚丼の色は、真っ黒だった。それに凄いボリュームだ。一口食べるとロース肉の旨味がご飯によく絡み非常にハイレベルなお味でした。

 大変美味しいけど、半分ぐらい食べ終える頃になると苦し過ぎる。頑張って箸にターボを効かせて完食。ナメコ汁もうわばみのように飲み込んだ。

 う〜、腹が張るぜよ。もう、これ以上は、なにも喰えん。正月前に正月太りになりそう。

「また来いよ。来てくれてありがとうなあ」
 いや、なんとも素朴な挨拶のできるお店なんだろうか。

 人気店らしく、ぼくが出る頃には満席になっていた。ご馳走さまでした。次回は超腹を空かしてから来ます!

 ところが・・・
 比較的近くに、あの六花亭本店発見。これは入るしかないでしょう。ここから自宅などへ土産も送るか。

 ちょっと待てよ。妻は六花亭のお菓子の中で苦手なものがあった記憶がある。一応、携帯で確認しておくか。この旅、初めて妻にtelした。
 
『もしもし、俺だけど、六花亭のなにが苦手なんだっけ』
「バターサンドよ。今、帯広?サクサクパイ、送ってよ」
『そいつは無理な相談だ。サクサクパイの賞味期間は3時間なもんで』
 しかし、バターサンドが嫌いだなんて信じらんないとか思いながら携帯を切った。

 お土産を宅配で送る手続きを済ませ、店内をふらふらと歩いていると・・・
   これが、有名なサクサクパイか。ここ本店とどこかの支店1箇所でしか食べることができない幻の逸品だ。妻に送る代わりに筆者が食べて土産話にすればよい?

 超満腹なんだけど、スイーツは別腹なもんで。ひとつ(百円)だけ購入し、ガブリ・・・
 うっ、うめーーー

 パイの舌触りといい、中のカスタードといい絶品である。コーヒー無料サービスも嬉しい。

 いいぞ、六花亭本店!応援してるよ!

 そして、もうひとつ購入・・・

 こらあ!
 その後、帯広市街地を散策。裏路地を歩くとなんとも昭和テイストの漂う光景を見つけたりして、それなりに楽しんだ。世間では正月の準備でなにかと慌ただしい様子だ。

 歳の暮れにのんびり旅をしている自分は、よくも悪しくも浮世離れしてしまったと思われる。家の細かいことは、妻によきにはからっていただこう。
 
   バスの待ち合わせ時間は15時なのだが、時間がたっぷりと余った。冷えて来たので長崎屋に入り、ふらふらしていると店内のマクドナルドの席に座っている老人からなぜかガン見された。

 もしかしたら、家人をうっちゃって、暮れの忙しい時期にひとり旅をしていることを看破されたか?それとも、ただの好奇心が強い暇人か?
 
 人に疎いと妻から言われる近頃の筆者としては、どちらにしても苦手なシナリオだった。

 マックでコーヒーだけ飲む計画を潔く断念し、近くのコーヒー専門店で好物のキリマンジャロをオーダーする。酸味の効いた味がなんともいえない。

 ようやく時間になり、宿の送迎バスに無事回収してもらう。

 それ〜

 なんだか凄い勢いで、十勝川温泉へリターンした。

 宿の今宵のメニューは、海鮮バーベキューをメインとした大変なボリュームだった。もう、ぼくは食傷を通り越して、過食症になったようだ。

 腹がぱんぱんなので、ビールを飲む余力などない。佐々木譲の”警官の血”という小説を熟読しながら熱燗をちびりちびり飲んで22時にはベットに入った。

 なんてリアルなタッチなんだろう。とてもフィクションとは思えないぐらいの臨場感に今宵もチキン肌が立った。伏線の数も半端じゃない。ひとつのなんでもないアクトが、後年にいくつも重大な繋がりを帯びてくるなど、まさに大河小説である。

 窓の外からは、うなるような吹雪の声が聴こえた。



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