2005.7.9


胎内岩



 最近、どうも気分が優れない。そう半月以上も山に入ってなかった。今日は曇でそれほど天気がよくない。でも明日は雨になるようなのでやるしかねえな。

 早朝、妻を起こさないようにそっと家を出た。薄日が差してきたが安達太良山頂は雲の中。大丈夫なのかい。コンビニで必要物資を補給して沼尻登山口へと向かった。しかし登山口までの林道、相変わらず酷いデコボコ道だ。土煙を撒き散らしながら愛車イプは登山口駐車場へ入った。

 尾張小牧、新潟などの他県ナンバーを始め、既に数台の車が停められていた。そんな遠くから来て安達太良の本物の空が見れず、さぞ残念だろう。

 本日のルートは、胎内コースだ。俺は安達太良山系で唯一このルートを歩いていない。なんでも胎内をくぐるような狭い岩のトンネルがあるそうだ。そこを突破して沼の平の外輪を歩き、馬の背、船明神山、沼尻へと戻るという行程を立てた。胎内岩か、実はずっと気になっていたのだ。
 正規の登山口ではなく廃道の方を歩いた。気温はそれほど高くはないがTシャツでも汗が噴出してくる。左手の渓流や白糸の滝を楽しみながらとぼとぼと進んだ。

 人の気配がしない。熊避け鈴の音がなぜかいつもよりとても甲高く聴こえるのは気のせいか?

 湯の花採取場が見えてきた。ここまでなら2回ほど来たことがある。強烈な硫黄の匂いが鼻をつく。
 煙の上がる川、つまり温泉の川沿いをひたすら登る。やがて煙が消え普通の水の小川に変わり、沢登りとなった。

 山の標高の高い部分は霧で覆われていた。厳しい展開になりそうな予感が込みあげてくる。

 胎内コースと沼の平コースの分岐に到達。沼の平コースは有毒性火山ガスの影響で通行禁止だ。
 ゴロゴロと岩が転がる登り辛い登山道を過ぎると今度は強烈な砂の登りだ。礼文の砂走りの倍以上の長さがあるだろう。リュックが重く感じるようになり、息も荒くなってきた。

 砂の登りは蟻地獄を彷彿させる。とにかく滑落だけは避けたいので、ゆっくりと慎重に歩いた。しかし、本当に誰も居ないなあ。まったく人が居ないとかなり不気味だ。
 ようやく砂走りを登りきると樹海のなかへ。このあたりから勾配がさらにきつくなる。これって直角じゃないの?登山道の真ん中に大きな岩があるポイントがいくつかあり、かなりしんどい。

 だっ、ダメだ。辛過ぎる。もう、こんな登り俺は嫌だ。何度も投げやりになった。しかし、俺は北のサムライだ。なんのコニシキ。

 うお〜

 どうせ誰も居ないなら恥ずかしくもなんともねえ。自分自身へ気合いを入れるために大声で絶叫し、ほとんど四つん這いでよじ登った。

 こんな無理は長く続くワケがない。暫くするとボロボロに成り果て力尽きる←ショボ

 ここで昼食にしよう。といっても俺は山ではあまり食欲が湧かないタイプだと最近知った。まあ、食べないワケにもいかんのでカロリーメイトをかじる。コンビニで売られている冷凍レモンウォーターもいい感じに溶け出していたので一口飲むと・・・

 なまらうめえ〜

 この冷え冷えのレモンウォーター、山では究極の美味さだ!

 食後の煙草をふかして、動きたくないけど行くか。

 タラタラと歩き出すとすぐに大きな岩が。もしかしてこれが噂の胎内岩?

 胎内を彷彿させる岩だ。間違いない。

 この小さな穴をくぐって行くの?ちょっと旦那、そいつは勘弁してくだせえ。言いたくなかったけど北野の秘密というか弱点を暴露しよう。俺は閉所恐怖症なのだ。エレベーターだって、もの凄く苦手なの。小学校の頃、教師から虐待を受け掃除用具入れに閉じ込められて以来、トラウマになっているのだ。

 とにかく大人ひとりがリュックなしで這いつくばってようやく通過できるスペースだ。
 
 えーい。突撃だ。リュックを降ろし、匍匐前進。ひ〜ひ〜ふ〜

 怖いよ〜

 短い穴なので、目をつぶって、なんとかクリアした(オギャア)

 気を取り直して、胎内岩の裏側の登山道を確認する。間違いない。ここが登りのピークだ。ここからは沼の平(噴火口)の稜線に沿って歩くだけだ。つまり、それほどキツくはないだろう。しかし、ガスが出ていた。非常に濃い霧だ。おそらく頂上付近は雨になっているのではなかろうか。

 このあたりからふたりの北野が現れる。

「俺は台風でもものともせず幕営し、北海道で数々の困難なアクシデントを克服した単独行の北野じゃないか。霧ぐらいで恐れをなしてどうする。常に体を張ってんだろう」

「俺は旅人だ。登山家ではない。山では初心者だ。ガスで視界を失い稜線から滑落する可能性だってあるだろう。とにかく山をなめると大変なことになる。増してや単独なら」

 暫し、心の中で葛藤が続いたが、後者の北野が勝った。後刻、その判断が正しかったことを知る。「稜線濃霧時登山不可」と山岳地図に掲載されていた。

 結局、またまた目をつぶって胎内くぐりをするハメに(涙)

 足場の悪い下りを引き返す。何度も足をとられそうになりながら・・・
 ようやく湯の花採掘現場(温泉の川)へ辿り着いた。

 ここで凄い発見。誰かが源泉と沢の水を上手く併せ、人口の露天風呂を造っていたようだ。まさしく天の配剤。有難く入浴させていただきます。どうせ誰も居ない山中だ。あっという間にマッパーになり、温泉へ突入。

 いや〜なまらいい湯だ。温泉の川。このワイルドさはいったいなんだ。まさに至福の瞬間だ。
 これでビールなんぞがあったら最高なんだが・・・

 ここはほとんど人に知られていない秘湯中の秘湯だろう。硫黄で岩が黄色く染まっているほど濃い温泉だ。まさに福島のカムイワッカ!

 ふと空を見ると山頂付近からガスがどんどん降りてくる。露天風呂の回りも霧がかってきた。やはり今回は勇気ある撤退をして正解だ。時間的にも体力的にも外輪を一周してくるだけの余力が充分あった。濃い霧も箕輪山で経験しているので、当初のプランを実現できたかもしれない。

 でも単独行の北野、ひとりだからこそ無理は禁物なのだ。

 山は逃げない。次回は外輪山を一周してから、この露天風呂に浸かることとしよう。

 ビール持参で(おい!)←運転だろうが(^^;




FIN



記事 北野一機



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