10代の終わりごろ、大学受験に失敗しても存外能天気に暮らしていた。
天下の素浪人だったが、勉強漬けの日々に耐えかねて、週末は当時の愛機CBXで峠や海岸線を走りまわっていた。
そんな好天のある日、のんびりとマシンを流しているとコーナーリング中にもの凄い勢いのCBナナハンに抜かれた。後ろから見ていて神業のような走りに仰天してしまった。
その男は頂上手前のパーキングにCBを停め、煙草をふかしていた。どうしようかと思ったが好奇心旺盛な年頃だったので、CBの脇にマシンをつけた。
『こんにちは。ずいぶん速いんだね』
「いや、ストレス発散だよ」
訊けば男は理工系の専門学校を出て地元に戻ってみたものの職がなく、ブラブラしているそうだ。当時のいい方だとプータロウというやつだ。
しかし、クシタニの革ツナギをバシっと着こなし、風貌がバリ伝の主人公に似ていて、なかなかのイケメンだった。男の名はSといい、確か筆者より2つぐらい上だったと思う。
親しくなると毎週のように一緒にツーリングへ出かけるようになった。高速を使わずに上野のバイク屋街まで日帰りでいったり、Sの友人宅に泊めてもらって伊豆方面まで遠乗りした記憶がある。
箱根の大寒山のパーキングで、
「キタノ、俺はな、たとえ頭が禿げあがる時代がきてもライダーはやめねえぞ」
と、少し陰のある横顔で笑っていた。
この一言にずっしりと重みを感じた。
その後、筆者は横浜の大学に進学し、Sとは縁遠くなってしまう。
さらに後年、筆者は旅系の世界にどっぷりと浸り、キャンプ道具満載で裏磐梯のレイクラインをのんびりと走っていた。マシンは現有のゼファーイレブンだ。
コーナーを悠々とバンクさせながら、桧原湖畔のキャンプ場を目指した。すると、地元のニイチャンか?FZR250に勢いよく追い越された。それにしても年代物のレプリカマシンによくぞあれだけ野営道具が積めるものだと感心してしまう。
しゃあないやつだなあと筆者は苦笑いし、すぐに秋元湖や小野川湖の景観の方へ眼をやった。いつ見てもレイクラインの眺望は素晴らしい。
出口料金所を出ると先刻のFZRが停まっているではないか。
その横には、美味そうに煙草を吹かしながら微笑んでいるオジサンの姿があった。その頭は見事に禿げあがっている。
「キタノ、俺は今でも乗ってるぜ。もっとも女房子供と家のローンでピーピーだから車検のあるバイクは、とうの昔におさらばよ」
クシタニの革ツナギから下っ腹を突き出した貫禄充分のSは、四半世以上過ぎても、中身はなんも変わってなかった。
容貌はずいぶんと変わったけど、なんだか妙に懐かしさと嬉しさががこみあげてきた。
ネット社会だろうが、不景気だろうが、歳をとってオヤジになろうが・・・
多分、俺自身も’80年代からほとんど変わってないし、それでよしとしている。