北海道ツーリング2008








菅生SAにて


16



最終章



千マイルブルースのように



 ぐっすりと寝た。早朝、ベットから這い上がる。俺は今の状況をまだ把握してなかった。そうか、昨夜、苫小牧港から仙台行きのフェリーに乗船したんだっけ。もう、この夏の北の旅は終わりに近づいているんだな。

 歳のせいか、俺の疲労はそれなりに蓄積していたようだ。今朝の天気はどうなのだろう。船室でぼうっとしていたのでは確認すべくもない。とりあえず朝風呂に行こう。意外に日常では毎日風呂へ入らなければ気が済まない性格の俺が、3日も入浴を欠かしていた。なんだか全身が痒いような気がして気色悪い。お風呂セットを持参して大浴場へ向かう。 
 早朝の大浴場はとても閑散としていた。

 思いきり湯船で手足を伸ばし、心地よく適温の湯に浸かる。陽光きらめく朝焼けの空が窓いっぱいに広がった。今日は、きっぱりとした晴天になるだろう。

 その後、髪や体を丁寧に洗って髭も剃る。非常にさっぱりした気分でB寝台へと戻った。
 ベットで暫し、ごろごろしながら単行本などを読んでいると・・・

「レストランよりお知らせいたします。朝食の準備が整いました」
 と、朝食バイキング開始の放送が流れた刹那、俺は燃えた。

 普段、少食のくせに朝食バイキングをこよなく愛する俺は、戦闘態勢モードとなる。駆け足でレストランに向かうも既に行列ができていた。

 怯まず、じっと耐えるように順番を待つ。そして、ようやくレストランに突入し、トレーと皿を入手。

 焼き魚、納豆、玉子、乗り、漬物、蒲鉾、ウインナー、卵焼き・・・

 少量ずつ、皿に乗せまくった。続いてサラダ、生野菜各種をサラダ用の器に入れ、サウザンドレッシングをどっぷりとかける。さらにフルーツもゲット。

 時間をかけてガツガツと食べた。余は満足じゃ。

 食後は、ドリンクバーで大好物のアイスコーヒーをがぶがぶと飲みつつくつろいだ。窓から海を眺めながらのコーヒータイムって、なんてリッチなんだろう。まさに船旅ならではの至福の瞬間だった。

 結局、1時間以上も朝食バイキングを楽しんだ(粘った)気がする。

 客室へ戻り、着替えを済ませ荷物をまとめた。後は下船するのみ。とりあえずソファーに腰かけてTVを観る。北京五輪の放映はまだ始まってなかったが、女子バレーはブラジルに敗れたらしい。

 今回の旅もJTBの旅行券を使った2日間のホテル泊以外は基本的に野営だったので、俗社会からすっかり隔絶されていた。高校野球はどうなっているのだろう?

 そんなことを考えているうちに意識が朦朧と・・・

「お車およびオートバイでご乗船のお客様にお知らせいたします。当船は間もなく仙台港へ接岸いたします。各デッキの方へご移動ください」
 船内放送で目が醒めた。遅れないようにしないと。

 エレベーター前が激混みなので、階段を使ってゼファーを停めたデッキへ降りた。しかし、右に行くべきか左に行くべきか?方向音痴になってしまう。ええい左へいこう!

「そっちじゃないと思うよ。多分右側じゃないかな」
 作業員のオジサンにいわれる。
『逆だったかい?教えてくれてありがとよ』
 と、いいながら俺は踵をかえした。

 車と車の間の狭い空間をすり抜けていくと、壁に繋がれ、まるで飼い主を待っている不安げな愛馬のようなゼファーの姿が垣間見える。おう、いたいたとゼファーのタンクを抱きしめ、山行用ザックを後部の荷物の上にネットで括りつけた。
 そして、係員の誘導に従いながらスロープを渡る。

『暑い』

 仙台は灼熱の夏がまだ続いていた。容赦なく真夏の太陽が俺の全身へ照りつけている。

 昨日の北の大地との気温差は20℃以上あるだろう。
 汗をぽろぽろとこぼしながら、パッキングをし直した。まず巨大なツーリングバックに荷物を詰め込んで、その上に90リットルのスノーフェイスのベースキャンプダッフルLを乗せた。ベースキャンプダッフルは、防水で頑丈なバッグだ。そしてロープを張り、ネットで固定する。その上に山行用のザックと例のカウボーイハットを積み上げ、小さなネットで固定した。よくぞまあ、これだけ過積載になったもんだ。

 マシンに跨り、スロットルをあげた。仙台港の入口を出て街中に向かう。本当に気温が高くて耐えられなくなってきたので、コンビニで氷晶ジュースの入ったペットボトルを購入した。ボトルケースに入れて肩から吊るし、マメに水分を補給するつもりだ。

「オートバイですか。凄い荷物ですね。これからどちらへ?」
 支払いを済ませるとレジのおばさんから話しかけられた。
『いや、さっきフェリーで北海道から帰ってきたところなんだ』
「うちの旦那も若い頃、バイク乗りだったんですよ。でも結婚するとき取り上げちゃったけど」
『そいつは旦那が気の毒だな』
「今でもバイクに乗りたくて乗りたくてたまらないらしいんですよ」
『まあ、男のメロンというやつだよ』
 と、いうとおばさんは吹き出していた。
「でも息子が乗り始めました」 
 旦那はだめで、倅はOKの基準はなんだろうと思ったが、考えるのが面倒になり踵をかえし店を出る。

 仙台東ICから仙台東部道路へ乗った。ぎらぎらと輝く太陽の下、ゼファーは快調に南下していき、仙台若林JKCから南部道路へ乗り継いだ。道は空いている。左手には名取川の流れが青々と映えていた。そして、あっという間に東北道へ。

 東北道は流石に車の数は多いが、流れ自体はとてもスムーズである。ひらりひらりと遅い車をかわしていくが、喉が渇いた。菅生SAで小休止することにする。うまい具合に木陰のスペースがあったので、そこへマシンを停めた。それが、このページ冒頭の画像である。涼しくてとても心地よい。氷晶ジュースもいい塩梅に融けだし、冷たくて最高級の美味さだった。

 煙草を吸いながら、空を見上げると一片の雲もない快晴である。このままツーリングを終わらせるのがもったいないなどと思いながら、再びスロットルをあげた。あとは自宅まで一気に走り切ろう。ラストランだ。

 高速道路での自分の最も走り易い速度で巡航する。遅い車があれば追い越し車線へ出て抜き去り、速い車が迫ればあっさりと道を譲った。つまりマイペースをキープしながら快走していたのだが、ゼファーの真後ろにぴったりと着き、同じ動きをしているマシンの存在に気づく。

 明らかに追尾されている。ペースを上げても落としても俺のマシンの後からまったく離れようとはしない。体格から見て男性ライダーのようだ。果て?知り合いか?いや違うだろう?とにかく不可解なことばかり突発する、この夏の北海道ツーリングだ。驚いたことに追いかけライダーは福島県へ突入してもまだ俺の真後ろを追尾していた。

 永久ライダーオタクか?いくらなんでもしつこい。なんで俺は男ばかりに追いかけられるはめになるのだ。そっちの毛などまったくない。それより、いい加減逃げまわるのも飽きてきた。俺は間もなくICから降りるのだが、こっちから仕掛けてみよう。IC手前のPAへウインカーを出して左折した。まさか一緒にPAまで着いてはこまい。

 と、思ったのだが・・・

 追いかけライダーも左へウインカーをあげて着いてきた。誰だ。俺はなにが嫌いかというと、しつこくつきまとわれるのが大嫌いなのだ。マシンを停め、喫煙所で煙草に火をつけた。追いかけライダーも駐輪場にマシンを停め、メットを外した。

 見覚えはある・・・

 苫小牧港でフェリーの乗船待ちをしていた時に俺の後に並んでいたオジサンだった。けど、言葉を交わしたわけでもなんでもない。菅生SAから、ここまでぴったりと追尾される理由もないと思う。

 オジサンがこっちに向かって歩いてきた。なにか話しかけられるのかなと、少し構えたのだが、彼は無言のまま俺の前を通り過ぎてしまった。

 君子危うきに近寄らず・・・

 オッサンが売店に入った瞬間を見計らって、俺はスロットルをあげ本線に戻った。そしてすぐ近くのICから東北道を降りる。

 あばよ・・・

 まさか、これ以上追いかけてきたら異常だ。けど、もし俺に用事があるのなら普通に笑顔で声をかけてくれたまえ。俺は旅の最低限の礼儀さえわきまえてくれれば、ぞんがい社交的な男なのだ。

 福島市内の暑さも尋常じゃない。実は全国屈指の夏の暑さを誇るのが福島だ。ゆらりゆらりとアスファルトの上に陽炎が舞っていた。

 市内の高台にある住宅地が見えてきた。

 そして、俺の旅のゴールは間もなくだ。

 この夏の北海道ツーリングでは2千マイルぐらいは走ったか?

 マッチ箱のような、ちっぽけな自宅が眼前に迫ってくる頃、ふと俺の耳には山田深夜の北海道を舞台にした短編ツーリング小説”千マイルブルース”のエンディングの一節が聴こえてきた。


 千マイルも旅すれば

 向こうから笑って現われる奴もいるはずさ

 もし現れなけりゃ

 もう千マイル動きまわるだけさ 



FIN



記事 北野一機



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