北海道ツーリング2007







最終章




画像:ウニパパさん提供



12



 小鳥のさえずりで目を覚ました。

 少し寝坊気味だが、そんなに慌てることなどない。昨夜はグランブルーを多少、いや、かなり過ごしすぎたせいか頭がぼうっとしている。

 山行用の梅粥を温めて朝食にした。本当はもっと山に入りたい旅ではあったが、これだけ暑い日々が続くと流石に熱中症を危惧してしまった。事前に準備した携行食が、随分余っていたので、少しでも消費しておく。

 炊事棟で、洗顔を済ませ、テントやシュラフを入念に乾かしながら、煙草に火をつけ周囲を見渡すと近くにテントがもうひと張り立っている。昨夜もあったような気もする?ヨッパであまり気にしてなかった。その横でセロー乗りのライダーがキャンプ椅子に腰掛けながら洞爺湖を静かに眺めていた。

 普段、あまり自分からは声をかけないのだが、彼に、
『おはようございます』
 と話しかけた。
「あっ、おはようございます」
 ぞんがい気さくな声が返ってくる。

『今日が、北海道ツーリング最終日なんです。昨夜は疲れていて、きちんとご挨拶できなくて失礼しました』
「いえいえ、ぼくは、これからいろいろ周ろうとしているところです」
『そうですか。多分、どんどん涼しく快適な気候になると思うので羨ましいですよ。是非、いい旅をされてください』
「ありがとうございます」

 そんな会話を済ませ、俺はテントの撤収作業を開始した。やはり乾燥したテントだと心地よくパッキングできる。

 管理棟のおばさんへもお礼を言い、スロットルをあげた。トップケースには重いものは一切収納していない。キャリアのボルトが1本飛んでいる事実を警戒しつつ、ツーリングバックの方へ荷物を無理矢理詰め込んでおいた。

 北の空はどこまでも青く正しく広がっている。

 爽やかな好天の中、喜茂別へ向かい走り続けると”羊蹄山”の立派な山容が大きく視界に入ってくる。この夏は悪天候で踏破できなかったけど、いつの日か頂上に立たせてもらうつもりだ。目標を、すべて達成するより、多少でも残しておけば次の旅の励みになる。これが、俺の旅の持論だ。
 キノコ王国で若干休憩。百円のキノコ汁をすする。まあ百円なりの味だろう。それにしても意外に観光客で混んでいた。盆時期も過ぎた平日なんだが、たいした集客力である。お隣の悪名高きバブル期の負の遺産、1億円トイレのある某道の駅の方は閑古鳥が鳴いているように見えた。

 愛機のスロットルをあげる。すぐに左手に見え出した支笏湖の青い湖面をしっかりと目に焼きつける。
 いつの間にか樽前国道へ到達し、苫小牧へ向けひた走った。

 ふと、この旅は樽前国道に始まり、そして、樽前国道に終わったという感慨が無性に込みあげてくる。樽前国道は、緑の木陰が多くとても心地よいルートだと思う。北の旅の終わりを飾るにふさわしい旅人の花道なのかもしれない。

 やがて苫小牧の市街地へ・・・

 国道36号線も突っ切り、港へまっすぐ向かった。

 昼食はやはり、市場に併設した”マルトマ食堂”でとりたい。早くしないと14時には閉店になってしまうので、少し焦り気味にスロットルをあげる。

 セーフ!

 マルトマ食堂はやっていたが、えらい混雑。近年、旅行雑誌等でよく掲載されている影響からか?それでも、ようやくカウンター席に座った。
 まず、オーダーしたのが鮭のハラスだ。これが、脂が乗っていて実に絶品だった。

 本当に食感といい、鮭本来の旨味からにじみ出ている味?っていうやつか。とろけるような舌触りである。

 うっ、無性にビールが飲みたくなってきた。これを肴に一杯やったら最高だろう。あいにくバイクの運転が、まだ少しあるので、断腸の思いでビールは断念した。 
 今回は以前から気になっていた”ホッキカレー”をオーダーしてみた。しばし待つと、このボリュームの凄まじさはなんなんだ。特に大盛りにしたわけではないのだが、皿から溢れんばかりの量である。

 ホッキの歯ざわりがコリコリとして美味しいのだが、いくらなんでも多過ぎる。半分も食べると腹一杯になり、苦しくて苦しくて。残してはいけないと思い、頑張ってスプーンを漕いだが2割ほど余して断念。全身から大汗を吹き出してしまった。汗が目に沁みるぜ。
 とにかく腹が苦しいので、どこかで休みたい。それなら、会員になっているネット喫茶で一休みするか。出航までは、まだ随分時間もあるし。

 途中、コスモのスタンドで給油をしていると若い女性の店員さんから、
「これから、どちらへ?」
 と訊かれた。

『いや、もう帰るんだよ』
「この夏は暑かったでしょう」
『ええ、まるで灼熱地獄のようだったね』
 俺の表現がおかしかったのか、彼女は爆笑していた。
「本当にお疲れさまでした」
『おう、またな』
 と言い残し、すぐそこのネット喫茶前にマシンを停め、中に入る。

 アイスコーヒーを飲みながら、自らのサイトやWEBメール等を一通りチェックを済ませた。そして”バガボンド”を読みふけるうちに睡魔に襲われ、やがて爆睡。

 ”ずいぶん涼しくなった”
 夕刻、フェリーターミナルへ向かう頃、機上で肌にあたる風の中へ僅かながら秋の匂いを感じていた。

 苫小牧港FT到着。陽は大きく西へと傾き、陽光がとても眩しかった。

 さっそく乗船手続きを済ませ、太平洋フェリー乗り場で暫し待機する。すると後列にもどんどん今宵のフェリーに乗船するライダーが集結し、ぞんがい長蛇の列が形成されつつある。

 やがて係員の誘導が始まり、オートバイも次々に動き出した。あたりが暗くなりかけた頃、俺と愛機ゼファーも勢いよくスロープを乗り越え、”いしかり”の船内へと突入していく。この瞬間、2007年夏の俺の北の大地の軌跡へ完全に終止符が打たれた。

 指定されたB寝台の部屋に向かうと、二段ベットの苦手な二階だった。なんだか、がっくり。まあ、愚痴をこぼしても詮なきことなので、とりあえず風呂へ向かい汗を流した。すると、よくこれだけ汚れていると感心するぐらい体中が煤けており、洗面器が灰色に濁って見える。

 さっぱりした後、ロビーにてビールを飲み始めた。風呂上りの一杯はこたえられないぜなんて思っていると出航の銅鑼の音が高らかに鳴った。しかし、なぜかフェリーは動かない。

「トラブルでもあったのか・・・」

 隣のソファーのオジサンたちが不安げな面持ちで窓の外を眺めていたが、やがて少しずつ前進を始めた。

 苫小牧の街の灯が次第に遠ざかっていく。

 俺は、ビールからウィスキーに切り替え、夕食用のサンドイッチを頬張っていた。

「あの、テーブルをご一緒させてもらって、よろしいですか」
 おばさんから声をかけられた。
『どうぞ』
 俺は静かに呟き、紙コップの水割りをぐっと飲み込んだ。

 やがてご主人さんが現れて、ご夫婦で仲良く晩ご飯を食べておられた。俺はひたすら小説を読み、時折、TVの天気予報などに目をやりつつ、ゆっくりとくつろぐ。

「あの、北海道はどのあたりをどれぐらいまわったのですか」
 奥さんが、突然、俺に質問してきた。

『はあ、道央から道東を中心に約二十日です』
「まあ、そんなに。お仕事はなんですか」
『俺は旅の中でプライベートについて詮索されるのが嫌いなんですよ。同じことを他人に絶対に訊くこともありません。ただ休日出勤の代休などで夏は比較的休みのまとめ取りがし易い仕事です。普段は胃液を吐くほど神経を遣うし、忙しいです』
「それは失礼しました。旅のスタイルはなんですか」
『ライダーです。つまりツーリングなんです。ただ近年は、それだけでは飽き足らず登山もしています。前半、天候が悪くて羊蹄山は断念し、道東へ移動してから摩周岳を登ったのですが、猛暑で、ばて気味になりました』
「へえ〜、実は私たちも登山が趣味で、雄阿寒岳へ登ってきました。ところで一番好きなキャンプ場はどちらですか」
『道東の屈斜路湖の和琴湖畔キャンプ場です』
「やっぱり!温泉があって、いいキャンプ場ですね。私たちも今回利用しました」
『それは奇遇ですね』

 いつの間にか、すっかり楽しく歓談してしまった。いわきのご夫妻、本当にお世話になりました。

 というわけで、心地よく酩酊し、B寝台で爆睡するキタノの姿あり。

 翌朝、とりあえず朝食バイキングで腹がパンクするほど喰らう。やっぱりバイキングは燃えるねえ。

 ゆっくりお風呂に入っていると船内放送が・・・

「都合により1時間ほど早く仙台港へ入港します。お車及びオートバイのお客様は各デッキの方へご移動ください」

 予定よりも1時間も早い?そんなこともあるんだ?とにかく慌てて風呂からあがり、バイクの停めてある地下2階のデッキへ移動した。

 四輪が次々と下船し、続いて二輪の番もやってきた。とりあえず山行用のメインザックを固定し、仙台港へ降り立つ。

 空気が熱い。いや暑いか?滴る汗を拭いながら、せっせとパッキングをやり直した。そして、静かにスロットルをあげ、仙台東部道路〜南部道路へと乗り継ぐ。

 やがて、東北道へ突入する頃になるとジリジリと強烈な日差しが照りだし、尋常じゃない暑さに辟易とする。

 ようやく北の大地が涼しくなったのに、東北の地は未だに灼熱の夏が居座っているようだ。

 でも、今日ですべてが終わる。もうすぐ無事に還れる。

 まず、女房への第一声はなんというべきか。

 ”I shall return.”

 ち、違う?根本的に意味が・・・

 赤銅色に焼け焦げた両腕の痛みが、またヒリヒリと疼きだした。

 ”here's looking at you.”(きみの瞳に乾杯)

 ・・・ってか!

 本当に言ったらボディブローされそう。

 なんてアホなことばかり考えているうちに国見峠を越え、眼下にはフルーツ王国福島の盆地がいっぱいに広がってきた。なんだか随分懐かしい気がする。

 2007年8月21日

 俺は、中天にかかっている太陽から降りそそぐ容赦ない日差しを全身に浴び続けていた。

 馬上、背筋正しき北のサムライの姿が陽炎の東北道を疾風怒涛の勢いで駆け抜けていく。

 灼熱との激闘は最後の最後まで展開しているが、孤高の旅の終わりもあとほんの少しだ。

 後日談も描きたいところなんだが、永久ライダーの旅のエンディングらしくキタノをマシンに乗せたままで静かに筆をおくことにしよう。

 北のサムライの読み物に”完結”という表現は似合わない。 



FIN



記事 北野一機



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