北海道ツーリング2006








雨の苫小牧港



THE ROAD OF ENDLESS RIDER



16




 6時ぐらいに目覚めた。雨はなんとか上がってはいるものの今にも泣き出しそうな空だ。

 バーナーで湯を沸かし、コーヒーを飲んだ。そして濡れたテント、グランドシートなどを一応乾したが、この陽気ではとても乾きそうもない。タオルで丹念に拭ってから撤収する。

 気温は暑いというより蒸す。かなり不快指数が高い。体調も相当ダルイ。
 管理人のおじさんが、車で狭い通路を登りきり降りてきた。ずいぶん早いんだな。
「夕べは凄い雨で大変だったろう」
 と周囲を確認するように話しかけてきた。
『まあ、テントの中に入った後だったんで大丈夫でしたが』
 パッキングが完了して
『お世話になりました』
 おじさんに挨拶を済ませスロットルをまわした。
「気をつけてね」
 おじさんは、誠実そうな顔を綻ばせながら呟いた。

 浦河国道を苫小牧方面に向けダラダラと走っていた。するとポツポツと雨が降り始め、やがて本降りに。コンコンチキめえ。やむなく俺は、道路脇にマシンを停め、カッパを羽織った。

 再び走りだすとバシッバシッと音を立てながらカッパに雨がはじく。こんな天気が当分続くのか。そして雨って分かりきっているのにダラダラと道南へ入りキャンプ生活を続けるのもなんだかな。もう俺のバディはボロボロだ。溜まりに溜まった蓄積している疲労がなければ楽勝なのだが。

 帰りのフェリーまでは、日程があと2日ばかりある。予定を繰り上げて今夜のフェリーで帰路についてもかまわない。特に約束があるワケでもない。早めに自宅に戻って静養した方が日常には影響がないだろう。

 日高道で豪雨にうたれながら思案する。まあ、キャンセル待ちでフェリーに乗れそうなら帰宅することにしよう。

 やがて霧と製紙工場の煙に霞む苫小牧の街が見えてきた。沼ノ端西で日高道を降りる。そして、水しぶきをあげながら、やや渋滞気味の市街地を走り抜けた。

 フェリーターミナルの看板を左折、広い直線の道路を突っ切ると苫小牧港FTへ到着。既にバイクが何台か停まっていた。この人たちもキャンセル待ちか。大洗便かな?

 カッパを脱ぎ、太平洋フェリーの窓口へ、
『あの今夜の仙台行に空きはありますか。なければキャンセル待ちの何番でしょうか』
 と受付のおねえさんに訊く。
「空きはありませんが、キャンセル待ちなら1番です」
 キャンセル待ちの1番なら、まず間違いなく乗船できるだろう。
『じゃあ、B寝台でお願いします』
 乗船名簿に記入して番号札をもらった。
「6時半にはいらしてくださいね」
 出航30分前じゃないか。ずいぶんギリギリなんだな。

 俺はカッパを着込んで、苫小牧港FTを後にした。

 そして、久々に市場近くのマルトマ食堂へ向かった。空からはエンドレスに雨が舞い降りてくる。

 なんとか迷うことなく到着すると店はやっていた。去年は盆休みに訪れ店が閉まっており非常にがっかりした記憶がある。
 店に入ると混んではいたが待つことなくテーブルに座ることができた。

 オーダーしたのは、ホッキ汁とホッキ飯だ。

 まず運ばれて来たのが、ホッキ汁。しかし、具のホッキの量の多さはなんなんだろう。この吸い物だけで、かなり腹いっぱいになってしまう。もちろんとても美味しい。椎茸のダシがよく効いていて上品な味に仕上がっている。
 続いてホッキ飯も出てきた。

 すっげー、もう見た目から美しい。コリコリした歯ざわりのホッキはもちろんだが、ご飯にしみたタレがなんとも香ばしい。一口頬張ると・・・

 マイウ!

 あっという間に完食。実に4年ぶりに来た甲斐があったぜ。
 ボリュームも申し分ない。

 というか超腹一杯。

 その後、昨年会員になった近くのインターネット喫茶へと向かった。

 雨宿りのつもりで入店したのだが、いつの間にかソファーで爆睡していた。ふと気づくと、もう夕刻近い。そろそろFTに向かわないと。

 外に出るとようやく雨が小降りになっていたので、カッパを着けずに走り出す。

 薄暗いフェリーミナル前にマシンを停めた。そしてパッキングの紐を解いで、船の中で使用するものだけを取り出してザックに詰めた。

 いよいよキャンセル待ちの放送を待つだけだ。俺は缶コーヒーの封を切り、待合室でくつろいでいた。ここで酒を飲み始めたらフェリーに乗り込めなくなるのでビールは控える。

 18時半になると、
「太平洋フェリーからお知らせします。キャンセル待ち1番から3番までのお客様は至急受付までお越しください」

 おお、来たか。受付で手続きを済ませ、太平洋フェリー「きそ」へ乗り込む。

 しかし、太平洋フェリーが久々に投入した新造船だけあって、寝台クラスの居住性は素晴らしいものがある。B寝台も2階建てベッドではない。

 荷物を置き、ロビー出る。
 窓越しに映る苫小牧の街の灯は、雨に濡れていた。

 もうこの光景を見るのは何度目だろう。

 暑かった。長く苦しい野営が続いた。

 さすがに毎夏、このエンディングの光景を見ると胸が熱くなってくる。

 しかし、この旅は今までにないほど残念なことも多く、少しヘコんでもいる。

 まあいい。人は人だ!

 男は真に体を張るときにだけ、張れればいい。他人になんと言われようとも!

 数年前、俺は道東の某キャンプ場で女性を襲ったサバイバルナイフを振り回す暴漢へ一瞬で死を決して素手で立ち向かい大乱闘を演じた。なんとか撃退したが、その時、刃で斬りつけられた左脛の縫い傷が今も残っている。

 これは自慢ではなく事実だ。

 所詮、俺の旅は、こんな傷を負った人間にしかわからん世界なのかもしれない。

 それでもめげずに俺は一本筋の通った旅をするのみだ。

 たとえ時代がどう変わっても・・・


 馬上少年過ぐ

 世平らかにして白髪多し

 残躯天の許すところ

 楽しまざるをこれ如何せん

         伊達政宗


 出航の銅鑼が聴こえてきた。

 ゆっくりと船は動き出す。

 俺の旅は、あとどのぐらい続いていくのだろうか?

 終わりはまだ見えない。

 思えば、この旅も延々と北の落陽を追い続けていただけかもしれない。

 ただし、俺の旅は決して徒労ではなかったはずだ。

 俺の旅の系譜は、見えない誰かへ確実に伝わったという手応えを充分に感じている。

 この普遍の事実だけは、これからも信じていきたい。

 「THE ROAD OF ENDLESS RIDER」

 今、この瞬間は永遠だ。

 窓の外には漆黒の波のうねりが見える。

 思い出はいつの日も雨・・・・・







FIN



記事 北野一機



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